「ごめん!」
僕は思いっ切り凪を突き飛ばした。
顔と顔が間近に、まるで息がかかりそうなところにあった。
「僕はそういうつもりで凪に近付いたわけじゃないよ!」
足が絡まりそうになりながら、屋上からの階段を下りる。身体中の血が頭に回って、何も考えられない。
「梁!」と僕を呼ぶ声が、後ろから聞こえる。
怖かった。
自分の毎日が、変わってしまいそうで。
自分自身が、変わってしまいそうで。
本音を言えば、凪を嫌いなわけがなかった。嫌いな人に、毎日、おにぎりを作ったりはしない。
僕は彼の助けになりたかった。
そして、彼の隣にいたかった。
ただそれだけのことが、こんなに難しい。
男同士だから、友達同士だから。そんな枠はとっくに越えていて、僕はただ逃げて、見なかったことにしたかった。
凪の伝えてくれた、本当の気持ちを。
◇
『この前はごめん。でも、友達としても、もう終わり?』
窓際の席を見ると、頬杖をついた凪が、片手にスマホを持っていた。僕からの返事を待って、ディスプレイをじっと見ている。
どう返事をするか、考えあぐねる。友達でいたい。でも”恋”は怖い。
『僕こそ感情的になってごめん。友達でいてほしいって、今も思ってるよ』
凪の表情が、ふっと和らいだ気がした。
僕を振り返って、軽く手を振る。でも僕のカバンにはおにぎりは入ってない。
あの、白いビニル袋はもう入ってなかった。
「なんか高井と弁当食べるのも、1億年ぶりくらいな気がするなぁ。感慨深い」
伊郷がまた大袈裟な物言いをする。
「そんな風に言わないでよ。たった2週間くらいのことでしょ?」
「2週間も離れてたなんて! そんなの高校生になってから、一度もなかっただろう?」
はいはい、と広田が呆れ顔で伊郷を宥める。
こういう時に頼りになるのは、やっぱり広田だ。誠実で、平等で、冷静で、頼りになる。
「でも高井、本当にこのままでいいのか? 別に俺は昼休みに別々だからって、お前の友情を疑ったりしないぞ。誰かみたいにな」
「ひっでーな!」と伊郷が不貞腐れて、僕はくすくす笑った。
イチゴオレのパックを見ると、昨日のことを思い出す。倒れたイチゴオレ⋯⋯あの後、凪はどうしたんだろう。
窓際の彼の席を見ても、やっぱり今日もいない。
僕だって⋯⋯あんなに酷く突き放すつもりはなかったんだ。
ただ、いつもやさしい凪が、あんな風に強引に、怖くて。
「購買ってまだやってるかな?」
広田が廊下の方をチラッと見る。
「ダッシュで行けば、まだ間に合うんじゃないか」
「行ってくる」
「おい! 一緒に行くぞ」
伊郷が後ろからかける声を聞かなかったことにして、目いっぱい走った。
途中でぶつかりそうになる、人を避けながら。
凪、今日もひとりでアスファルトに座ってる姿を思い浮かべる。
教室を出る時、どこかで何かを買った袋を提げていた。また買い弁に逆戻りだ。
だからそういうのを変えたくって⋯⋯。
購買は今日も賑わっていた。
人混みに自分も飛び込む。
凪が言っていたのは――良かった、売り切れてない。僕はそれを2個買うと、自販機でイチゴオレもふたつ買った。
その階段はいつもよりずっと長い気がして、いつもよりずっと足が重かった。
どうしよう、凪がまだ怒ってたら。あんなメッセージをくれても、口もきいてもらえなかったら。
僕だったら、目も合わせられないかもしれない。
だって、あんな、傷つかないわけがない。
踊り場はいつも通り、埃に満ちていて、足を踏み入れると、ふわっと埃が舞う。
深呼吸して、重い扉を思いっ切り押した。
給水塔の影にいた凪は、今朝と同じく、パンを持った手を軽く上げた。
僕も同じように返す。
凪は僕の予想を裏切って、眩しい笑顔で「よう」と言った。
「これ、仲直りの印」
僕は凪に、手に持っていた物を渡した。クリームパンとイチゴオレ。僕が休んだ日に、凪が食べたものたちだ。
凪は軽いため息をつくと、自分の隣をポンポンと示した。少し、怯む。でも怖気付かないって決めたから。
いつも通り、隣に腰を下ろす。
「バカかわいいな、梁は。これ、俺が奢るって言ったヤツじゃん」
「そうだけど、仲直りにはそれしか思い付かなくて⋯⋯あのさ、一晩中考えたんだけど」
「うん」
凪はイチゴオレのパックにストローを刺した。
「僕は本当は⋯⋯」
「無理しなくていいよ」
「がんばってるんだから、遮らないでよ。最後まで聞いてて。凪と違って、思ったことを上手く言えないんだ」
「俺だって言えないよ」
凪は苦笑した。
深く、深く息を吸う。
それを吐き出した反動で、思い切って言葉にした。
「凪のことが好きなんだ。ずっと前から。多分、凪とおにぎり食べるようになる、ずっと前から」
「知ってた。お前、力いっぱい拒否るんだもん。ちょっと自信、なくした。――でも、こういうことだよな」
僕なんか、凪の長い腕の中にすっぽり入ってしまう。あの日のように、湿ったシャツの背中を強く掴む。もう離さないように、ギュッと。
そう、こういうことだ。あの時、そう思ったくせに、昨日逃げ出した僕を笑ってしまう。
凪の身体が離れて、僕と目線を合わせる。怖くない、今日は大丈夫。ギュッと目を閉じる。
凪の顔が、近付いてくるのを感じる。
僕は――ただ”待ち”の姿勢で。
コツン、とおでこにおでこがぶつかる。
え、と目を開ける。
そこには目を細めた凪がいて。
「俺のこと見てるの、ずっと知ってた。⋯⋯好きだよ」と頬にキスをした。
「え?」
「そんな顔するなよ。唇、震えてるのに、強引にキスなんかできないだろう? お前って、ほんと、かわいい」
「だって、せっかく覚悟決めてきたのに」
「覚悟なんかいらなくなったら、しよ」
僕たちはおでこを合わせて笑った。
怖いことなんて、なんにもなかった。ただ凪の腕の中に飛び込んでしまえば良かっただけで。
覚えていた汗の匂いを、すんと嗅いだ。
◇
ふたりでバスに揺られていた。
駅を離れると、バスは、どんどん平地を走った。
一面に広がる田んぼと、どこか懐かしい、田舎の景色。
終点でバスを降りた。
9月の海は、人影もなく、僕らは手を繋いで歩き始めた。まだ少し、恥ずかしい。
凪の方から、週末に「海へ行こう」と誘ってきた。
水平線を見に行くんだと思って、すぐ頷いた。
「梁はずっと、俺が水平線を探してると、そう思ってたんだろう?」
「うん。偶然聞こえたんだ。『この方角が海の方なんだよ』って言うのが」
「それで俺のこと、ずっと見てた?」
「うるさいな、そのことはもういいじゃん」
「良くない。大切なことだよ」
繋いだ手に、力が入る。
靴を脱いで、波打ち際を歩く。
今日の海は風も穏やかで、足にかかる水も冷たさは感じなかった。
「確かに水平線は探してたんだ。でもさ、梁の考えてたのと違ったのは、俺は時々、ひとりで海に来てたんだよ」
「え?」
「その度に、水平線を眺めた。それで思った。家のこと、これからのこと、自分のこと、それから――俺に”凪”って名前をくれた、父さんのこと」
今はもう、亡くなってしまった凪の父親に思いを馳せる。凪に名前をくれた人。
「どんな気持ちで”凪”って付けたんだろうって。きっと今日の海みたいに、穏やかな心でいてほしいって、そう願ったんだろうなって。俺の心の中も、いつも凪いでいたいなって。辛かったり、不条理だったり、苦しいことがあった時でも」
凪は僕の目を見て、弱々しく笑った。その笑顔を抱きしめたくなる。「僕がいるよ」と口に出さず、手に力を込めた。
「そんな俺を励ますみたいに、『がんばれ』って、背中から視線を感じたんだ。『無理しなくていいよ』って。ずっと、その視線に背中を押されて、勇気をもらってた」
「そんな、大したことしてないよ」
「俺がそう受け取ったんだよ。それで、俺は俺らしくいようって、そう思ったんだ」
凪は自分の靴を砂浜に放り投げて、両手で僕の手首をそっと掴むと、僕たちは向かい合わせになった。
「見ててくれてありがとう。これからも俺だけ見ててよ。俺には梁が必要なんだ。例え、おにぎりがなくても」
ふわっと抱き寄せられる。
打ち寄せる波が、足首まで濡らしては引いていく。
「梁、好きだよ」
怖いことなんか、なかった。
最初から決まっていたことのように、唇が唇に触れる。やわらかい感触がして、BGMのように波音が響いた。
「ようやくキスしちゃったな。長かった」
「なんだよそれ。僕が焦らしたみたいじゃん」
「焦らしたじゃん。俺、あの時、時間、止まったから」
凪は僕から離れると、さっき投げた靴を拾って、パンパンと強く、砂を叩いた。
砂は風に舞って、どこかに散っていく。
「行こう」
やさしく差し伸べられた手を、握る。
「キスしたい」
「今したばっかりでしょ?」
「何回しても、足りないと思うんだけどなぁ、俺は。今までの分、全部合わせると」
そう言うと、凪は繋いだ手を、前後に揺らした。まるで、子供のように。
「腹減ったな。帰りにラーメン食べていこうか?」
「今、そういうこと言う?」
「人間の、三大欲求のひとつだよ」
僕たちはUターンして、元来た道を行く。バス停まで、どちらも喋らずに。繋いだ手の指が、自然に絡まる。
向こう側には、青く輝く海と、真っ直ぐな水平線が、どこまでもずっと、続いていた
(了)
僕は思いっ切り凪を突き飛ばした。
顔と顔が間近に、まるで息がかかりそうなところにあった。
「僕はそういうつもりで凪に近付いたわけじゃないよ!」
足が絡まりそうになりながら、屋上からの階段を下りる。身体中の血が頭に回って、何も考えられない。
「梁!」と僕を呼ぶ声が、後ろから聞こえる。
怖かった。
自分の毎日が、変わってしまいそうで。
自分自身が、変わってしまいそうで。
本音を言えば、凪を嫌いなわけがなかった。嫌いな人に、毎日、おにぎりを作ったりはしない。
僕は彼の助けになりたかった。
そして、彼の隣にいたかった。
ただそれだけのことが、こんなに難しい。
男同士だから、友達同士だから。そんな枠はとっくに越えていて、僕はただ逃げて、見なかったことにしたかった。
凪の伝えてくれた、本当の気持ちを。
◇
『この前はごめん。でも、友達としても、もう終わり?』
窓際の席を見ると、頬杖をついた凪が、片手にスマホを持っていた。僕からの返事を待って、ディスプレイをじっと見ている。
どう返事をするか、考えあぐねる。友達でいたい。でも”恋”は怖い。
『僕こそ感情的になってごめん。友達でいてほしいって、今も思ってるよ』
凪の表情が、ふっと和らいだ気がした。
僕を振り返って、軽く手を振る。でも僕のカバンにはおにぎりは入ってない。
あの、白いビニル袋はもう入ってなかった。
「なんか高井と弁当食べるのも、1億年ぶりくらいな気がするなぁ。感慨深い」
伊郷がまた大袈裟な物言いをする。
「そんな風に言わないでよ。たった2週間くらいのことでしょ?」
「2週間も離れてたなんて! そんなの高校生になってから、一度もなかっただろう?」
はいはい、と広田が呆れ顔で伊郷を宥める。
こういう時に頼りになるのは、やっぱり広田だ。誠実で、平等で、冷静で、頼りになる。
「でも高井、本当にこのままでいいのか? 別に俺は昼休みに別々だからって、お前の友情を疑ったりしないぞ。誰かみたいにな」
「ひっでーな!」と伊郷が不貞腐れて、僕はくすくす笑った。
イチゴオレのパックを見ると、昨日のことを思い出す。倒れたイチゴオレ⋯⋯あの後、凪はどうしたんだろう。
窓際の彼の席を見ても、やっぱり今日もいない。
僕だって⋯⋯あんなに酷く突き放すつもりはなかったんだ。
ただ、いつもやさしい凪が、あんな風に強引に、怖くて。
「購買ってまだやってるかな?」
広田が廊下の方をチラッと見る。
「ダッシュで行けば、まだ間に合うんじゃないか」
「行ってくる」
「おい! 一緒に行くぞ」
伊郷が後ろからかける声を聞かなかったことにして、目いっぱい走った。
途中でぶつかりそうになる、人を避けながら。
凪、今日もひとりでアスファルトに座ってる姿を思い浮かべる。
教室を出る時、どこかで何かを買った袋を提げていた。また買い弁に逆戻りだ。
だからそういうのを変えたくって⋯⋯。
購買は今日も賑わっていた。
人混みに自分も飛び込む。
凪が言っていたのは――良かった、売り切れてない。僕はそれを2個買うと、自販機でイチゴオレもふたつ買った。
その階段はいつもよりずっと長い気がして、いつもよりずっと足が重かった。
どうしよう、凪がまだ怒ってたら。あんなメッセージをくれても、口もきいてもらえなかったら。
僕だったら、目も合わせられないかもしれない。
だって、あんな、傷つかないわけがない。
踊り場はいつも通り、埃に満ちていて、足を踏み入れると、ふわっと埃が舞う。
深呼吸して、重い扉を思いっ切り押した。
給水塔の影にいた凪は、今朝と同じく、パンを持った手を軽く上げた。
僕も同じように返す。
凪は僕の予想を裏切って、眩しい笑顔で「よう」と言った。
「これ、仲直りの印」
僕は凪に、手に持っていた物を渡した。クリームパンとイチゴオレ。僕が休んだ日に、凪が食べたものたちだ。
凪は軽いため息をつくと、自分の隣をポンポンと示した。少し、怯む。でも怖気付かないって決めたから。
いつも通り、隣に腰を下ろす。
「バカかわいいな、梁は。これ、俺が奢るって言ったヤツじゃん」
「そうだけど、仲直りにはそれしか思い付かなくて⋯⋯あのさ、一晩中考えたんだけど」
「うん」
凪はイチゴオレのパックにストローを刺した。
「僕は本当は⋯⋯」
「無理しなくていいよ」
「がんばってるんだから、遮らないでよ。最後まで聞いてて。凪と違って、思ったことを上手く言えないんだ」
「俺だって言えないよ」
凪は苦笑した。
深く、深く息を吸う。
それを吐き出した反動で、思い切って言葉にした。
「凪のことが好きなんだ。ずっと前から。多分、凪とおにぎり食べるようになる、ずっと前から」
「知ってた。お前、力いっぱい拒否るんだもん。ちょっと自信、なくした。――でも、こういうことだよな」
僕なんか、凪の長い腕の中にすっぽり入ってしまう。あの日のように、湿ったシャツの背中を強く掴む。もう離さないように、ギュッと。
そう、こういうことだ。あの時、そう思ったくせに、昨日逃げ出した僕を笑ってしまう。
凪の身体が離れて、僕と目線を合わせる。怖くない、今日は大丈夫。ギュッと目を閉じる。
凪の顔が、近付いてくるのを感じる。
僕は――ただ”待ち”の姿勢で。
コツン、とおでこにおでこがぶつかる。
え、と目を開ける。
そこには目を細めた凪がいて。
「俺のこと見てるの、ずっと知ってた。⋯⋯好きだよ」と頬にキスをした。
「え?」
「そんな顔するなよ。唇、震えてるのに、強引にキスなんかできないだろう? お前って、ほんと、かわいい」
「だって、せっかく覚悟決めてきたのに」
「覚悟なんかいらなくなったら、しよ」
僕たちはおでこを合わせて笑った。
怖いことなんて、なんにもなかった。ただ凪の腕の中に飛び込んでしまえば良かっただけで。
覚えていた汗の匂いを、すんと嗅いだ。
◇
ふたりでバスに揺られていた。
駅を離れると、バスは、どんどん平地を走った。
一面に広がる田んぼと、どこか懐かしい、田舎の景色。
終点でバスを降りた。
9月の海は、人影もなく、僕らは手を繋いで歩き始めた。まだ少し、恥ずかしい。
凪の方から、週末に「海へ行こう」と誘ってきた。
水平線を見に行くんだと思って、すぐ頷いた。
「梁はずっと、俺が水平線を探してると、そう思ってたんだろう?」
「うん。偶然聞こえたんだ。『この方角が海の方なんだよ』って言うのが」
「それで俺のこと、ずっと見てた?」
「うるさいな、そのことはもういいじゃん」
「良くない。大切なことだよ」
繋いだ手に、力が入る。
靴を脱いで、波打ち際を歩く。
今日の海は風も穏やかで、足にかかる水も冷たさは感じなかった。
「確かに水平線は探してたんだ。でもさ、梁の考えてたのと違ったのは、俺は時々、ひとりで海に来てたんだよ」
「え?」
「その度に、水平線を眺めた。それで思った。家のこと、これからのこと、自分のこと、それから――俺に”凪”って名前をくれた、父さんのこと」
今はもう、亡くなってしまった凪の父親に思いを馳せる。凪に名前をくれた人。
「どんな気持ちで”凪”って付けたんだろうって。きっと今日の海みたいに、穏やかな心でいてほしいって、そう願ったんだろうなって。俺の心の中も、いつも凪いでいたいなって。辛かったり、不条理だったり、苦しいことがあった時でも」
凪は僕の目を見て、弱々しく笑った。その笑顔を抱きしめたくなる。「僕がいるよ」と口に出さず、手に力を込めた。
「そんな俺を励ますみたいに、『がんばれ』って、背中から視線を感じたんだ。『無理しなくていいよ』って。ずっと、その視線に背中を押されて、勇気をもらってた」
「そんな、大したことしてないよ」
「俺がそう受け取ったんだよ。それで、俺は俺らしくいようって、そう思ったんだ」
凪は自分の靴を砂浜に放り投げて、両手で僕の手首をそっと掴むと、僕たちは向かい合わせになった。
「見ててくれてありがとう。これからも俺だけ見ててよ。俺には梁が必要なんだ。例え、おにぎりがなくても」
ふわっと抱き寄せられる。
打ち寄せる波が、足首まで濡らしては引いていく。
「梁、好きだよ」
怖いことなんか、なかった。
最初から決まっていたことのように、唇が唇に触れる。やわらかい感触がして、BGMのように波音が響いた。
「ようやくキスしちゃったな。長かった」
「なんだよそれ。僕が焦らしたみたいじゃん」
「焦らしたじゃん。俺、あの時、時間、止まったから」
凪は僕から離れると、さっき投げた靴を拾って、パンパンと強く、砂を叩いた。
砂は風に舞って、どこかに散っていく。
「行こう」
やさしく差し伸べられた手を、握る。
「キスしたい」
「今したばっかりでしょ?」
「何回しても、足りないと思うんだけどなぁ、俺は。今までの分、全部合わせると」
そう言うと、凪は繋いだ手を、前後に揺らした。まるで、子供のように。
「腹減ったな。帰りにラーメン食べていこうか?」
「今、そういうこと言う?」
「人間の、三大欲求のひとつだよ」
僕たちはUターンして、元来た道を行く。バス停まで、どちらも喋らずに。繋いだ手の指が、自然に絡まる。
向こう側には、青く輝く海と、真っ直ぐな水平線が、どこまでもずっと、続いていた
(了)



