その後も医学部や薬学部、看護学校などについて書かれている本を読んだが、どれも難しかった。それに、解剖の写真が出てきた時には思わず目を背けてしまった。人の体を知るためには臓器のことを知らなければならないので解剖は必須なようだが、それに向き合い続けるのは自分には無理だと思った。医療に携わることは諦めるしかなかった。

 でも、困っている人に手を差し伸べるために何かをしたいという気持ちは変わらなかった。だから医療以外で何かできないか探し始めた。病気じゃなくても困っている人が大勢いるはずだからだ。そのためにはどんな仕事があって、その仕事がどんな役立ちをしているのかを知らなければならない。図書館に(こも)って仕事に関する本を片っ端から読んだ。

 当然と言えば当然だが、知らないことだらけだった。こんなに色々な職業があるとは思わなかった。中にはよく知っている歌手や女優や警察官や消防士のような職業もあったが、ほとんどは知らない職業ばかりだった。そのことに驚きながらも色々な職業の本を読みながら、興味を持てそうな仕事を探した。

 ある日、『公務員の仕事』という本に出合った。その中に、国家公務員という言葉が出てきた。国の機関で働く仕事だった。行政府の仕事、立法府の仕事、司法府の仕事が紹介されていた。
 どれも難しくてチンプンカンプンだったが、中央省庁の仕事が書かれている箇所に何故か惹かれた。政治、経済、外交、防衛、国土保全、産業政策など、国の根幹にかかわる仕事だ。日本国民に奉仕する仕事だと書かれていた。
 中でも、〈日本国民に奉仕〉という言葉に興味を惹かれた。なので、もっと身近なことが書いてある箇所を探した。すると、これだと思う箇所が見つかった。教育文化省の紹介ページだった。使命と政策目標について書かれたところに『教育とスポーツの振興を未来への投資と位置付け、「世界に冠たる幸福大国」を実現する』と書いてあった。

『教育とスポーツ振興は未来への投資』

 この言葉に何故か感動した。

        *

 それからあとも教育に関する関心はどんどん高まっていき、それは6年生になっても変わらなかった。それだけでなく、自分の胸の内にとどめておくのが難しくなった。思い切ってお母さんに話してみた。

「いいわね。貴真心に合っているかもしれないね。本を読むのが大好きだし、優しい気持ちを持っているからピッタリかもしれないわね」

 あっさり賛成してくれた。そのことは嬉しかったが、ちょっと褒められすぎのように思ったので、少し恥ずかしくなった。でも、そんなことを気にする様子もなく、「そうだ」と言って、お母さんが何かを思い出したような表情になった。

「あの子たちに教えてみたら?」

「あの子たちって……」

 何を言っているのかさっぱりわからなかった。首を傾げていると、お母さんの口から3人の名前が飛び出してきた。三文字悪ガキ隊の名前だった。

「でも……」

 やってみたい気持ちは強かったが、3人が逃げ出す姿しか思い浮かばなかった。勉強の「べ」の字を言った瞬間、嫌な顔をして走り出すに違いない。そんなことになったら大変だ。嫌われたら取り返しがつかない。大切な友達を無くすわけにはいかない。一生友達でいたいのにそれを壊すことはしたくなかった。でも、お母さんの言ったことに心を動かされているのも事実だった。

 どうしたらいいんだろう……、

 答えが見つからなくて困っていたら、お母さんが顔を近づけてきた。

「あの子たちに教えるのは難しい?」

「うん。というか、嫌われたらイヤだし」

「そっか~、大事な友達だからね」

「そう。っていうか、恩人だから」

「なるほどね。恩人か~」

 そこで話が切れた。お母さんは何かを考えているようだった。わたしが黙って見つめていると、何かが閃いたのか、急に明るい表情になって顔を近づけてきた。

「その子たちの興味のあることから始めてみたらど~お?」

「興味のあること?」

「そう。3人とも運動が得意なんでしょ。そのことを話題にするのよ。そうすれば興味を持ってくれるんじゃないかな」

「うん、そうかもしれないけど……、でも、どうやってやればいいの?」

「それはね、」

 言いかけて口を閉じた。どうしたのかと思っていたら、ニコッと笑って肩を掴まれた。そして、「自分でよく考えてみて」とだけ言って、夕食を作り始めた。わたしはなんか取り残されたような気持ちになったが、これ以上お母さんに頼るべきではないという気もしていた。