夏休みになった。わたしは毎日、図書館に通った。寒田と黄茂井の顔を見ないで過ごす日々は穏やかで安らかだった。

 図書館にある旅行本をほとんど読み終えたわたしの興味は歴史に移っていた。特に、ヨーロッパの歴史に。美しい街並みや芸術作品が生み出された背景を知りたくなったのだ。フィレンツェを支配し、黄金時代を築き上げ、ルネサンスを開花させたメディチ家。歴代の王が600年に渡って芸術家を庇護(ひご)し、多くの作品を収集し、ウイーンを芸術の都として開花させたハプスブルク家。わたしは夢中になって、それらの本を貪り読んだ。

        *

 それは夏休みが始まって2週間ほど経った時のことだった。

「ふ~ん、こんなところに隠れてたんだ」

 図書館を出た時、寒田と黄茂井に鉢合わせしてしまった。

「無断で図書館へ行っていいと思ってんの!」

「そうよ。家来は勝手なことしちゃダメなんだからね!」

 寒田と黄茂井が口々にわたしを責め立てた。

「見せなさいよ」

 図書館から借りた本を入れた布袋から黄茂井が本を抜き出した。『ハプスブルク家の栄光と滅亡』という本だった。

「何これ!」

 黄茂井が空中に放り投げた。

「やめて!」

 わたしは落ちてくる本をキャッチしようとしたが、取り損なった。斜めに落ちた本は角が凹んで無残な姿になった。しかし、それで終わりではなかった。

「勉強できるからって、偉そうにこんな本読むんじゃないわよ」

 恐ろしい顔で睨みつけた寒田が本を踏みつけた。

「やめて~」

 私は本を取り戻そうとしたが、逆に布袋を奪い取られた。その上、黄茂井に突き飛ばされて尻もちをついたわたしの太ももめがけて寒田が本を落とし始めた。布袋を逆さにしてバラバラと本を落とした。わたしは痛くて惨めで悲しくて泣いてしまった。その時だった、

「何やってんだ!」

 男の子の声がした。見上げると、大柄な男の子3人が拳を握りながら寒田と黄茂井を睨みつけていた。

「別に、何も……」

 寒田と黄茂井が後ずさりした。自分より大きくて強そうな男子に迫力負けした2人は、すごすごとその場を離れた。

「大丈夫か?」

 2人がわたしの手を引っ張って起こしてくれた。もう一人は散らばっていた本を拾い集めて布袋に入れてくれた。

「ありがとう」

 わたしは涙声で礼を言った。

 助けてくれたのは『三文字悪ガキ隊』だった。みんなからそう呼ばれていた彼らは、わたしと同じ4年生だったが、クラスが違っていたので話したことはなかった。でも、その存在はよく知っていた。

 一人は、建十字(たてじゅうじ)球人(きゅうと)で、野球チームのエースで4番だった。
 一人は、横河原(よこがわら)秀人(しゅうと)で、サッカーが誰より上手だった。
 そして、もう一人は、奈々芽(ななめ)速人(はやと)で、運動会のリレーの花形だった。

 3人とも名字が漢字三文字で喧嘩ばかりしていたので、三文字悪ガキ隊と呼ばれていた。それだけでなく、4年生の中では無敵だったし、上級生からも一目置かれていた。スポーツ万能で、上級生にも負けない運動能力を備えていたからだ。それに、ひと際体が大きく、3人とも身長が160センチを超えていた。