その後は居たたまれないような無言の時間が過ぎた。本部長は閉まったカーテンに目をやりながら何やら考えているようだったが、いきなりファックスを手に持って、机の周りを歩き始めた。

「誰だ、こんなことをするのは……」

 呟きと共に立ち止まった本部長はファックスを机に置いた。その時、「ん?」という声が出た。と思ったら右手が動いて指差し、「これはどこの番号だ?」と呟いた。桜田が横に行くと、指差した先には送信先の番号があった。それを見た瞬間、桜田の口から「アッ」と声が出た。知っている番号だった。なんと、元の勤務先、夢開中学校の番号だった。

「えっ、なんで?」

 口が開いたままになった。

「中学校の番号というのは確かかね?」

 その声で我に返った桜田が頷きを返すと、「心当たりは?」と犯人捜しを促された。促されるまでもなく、自分を(おとし)める可能性のある同僚の顔を思い浮かべようとしたが、誰も浮かんでこなかった。常に上司や先輩を立ててきたし、後輩には優しく指導してきた。だから、敵を作るようなことはないはずだった。

 では誰だ? 
 誰が学校からファックスを送信したんだ?

 でも、いくら考えても思い浮かぶ人はいなかった。心当たりは何もなかった。そのことを告げると、腕を組んでじっと考え込んでいた本部長が、「誰かが学校関係者を買収したのかもしれない」と謎解きをするような目になった。そして、「誰だ、そいつは?」と犯人を追い詰めるような目に変わった。

「そんなことをする奴は……もしかして枯田か?」

 苦々しくその名を吐き捨てて、顔を歪ませた。桜田もその考えに異論はなかったが、証拠がない以上断言はできないと首を振った。すると、「今のところはね。でも、おかしいと思わないか? いきなり報道各社にファックスが送られて君は無実の罪を着せられようとしている。君を陥れようとしているのは間違いない。そんなことをやるのは枯田しかいない。だが、」とそこで言葉を切った。そして、何かを探し当てるような目になった。

「そうか~」

 少しして呟きを発すると、桜田に向き合った。

「選挙参謀かもしれない。こんな悪知恵の働く奴はあいつしか考えられない」

 そして、二度ほど頷いたあと、「絶対にそうだ。間違いない。あいつだ」と声を強め、すぐさま上着のポケットから携帯電話を取り出して操作を始めた。

        *

 今後の対策を本部長と話し合っていると、あっという間に夕方になった。その間、事務所に出入りしたのは出前を持ってきた蕎麦屋だけだったが、この日2人目の訪問者が現れた。本部長が呼んだ男だった。受け取った名刺には私立探偵と書かれていた。

「枯田の選挙参謀を見張ってくれ」

 本部長が新聞の切り抜きを探偵に渡した。枯田の横で口を真一文字に結んでいる選挙参謀の顔が写っていた。

「わかりました。今日から張り込みを始めます」

「よろしく頼む。時間がないから1日でも、いや、1時間でも早く何かを掴んでくれ。頼む」

「わかりました。全力を尽くします」

 そして、裏口からそっと出ていった。事務所の前にはまだ多くの報道陣が見張りを続けていた。