「き・ま・こ、き・ま・こ、鬼の子、悪魔の子!」

 4年生になってすぐの頃、あの意地悪な女の子が黒板にわたしの名前を〈鬼魔子〉と書いて、(はや)し立てた。〈貴い真心〉を持つ人になるようにと両親が願って付けてくれた大事な名前の漢字を勝手に変えて、からかったのだ。
 いや、からかいではなく、虐めだった。そのせいで仲間外れになり、一人ぼっちになり、友達は公園のベンチだけになった。毎日そこで本を読むだけの日が続いた。
 それには理由があった。公園で本を読んでいたら誰かが声をかけてくれるかもしれないと思ったからだ。だから毎日放課後に公園へ行って本を読んでいた。
 でも、いくら待っても何も起こらなかった。本を読みながら、時々上目遣いで友達を見るが、誰もわたしのことを気にしていなかった。いや、無視していた。あの意地悪な子が睨みを利かせていたからだ。

 意地悪な子の名前は、寒田冷子(れいこ)。神経質な顔立ちに、左右不揃いのつり上がった目が獲物を狩るカマキリに似ていた。
 寒田の子分が、黄茂井不美(ふみ)。超丸顔におかっぱカット、線のような細い目は太ったこけしを連想させた。彼女は寒田の傍を離れず、いつもオベンチャラを言い続けていた。

 わたしは3年生まではごく普通の学校生活を送っていた。特に親しい友達はいなかったが、嫌いな子もいなかった。虐められたこともなかった。寒田や黄茂井とは違う組で、彼女たちと話したことはなく、存在すら知らなかった。
 しかし、4年生になった時、大きなクラス替えがあり、寒田や黄茂井と同じクラスになった。それ以来、わたしの毎日が激変した。それは4年生になって初めてのホームルームが始まった時だった。

「学級委員は明来(みょうらい)貴真心さんにやってもらいます」

 冒頭に発した担任の一言に、寒田と黄茂井が反応した。

「なんで?」

「なんでって……、それは明来さんが適任だからです」

「適任って何?」

 寒田と黄茂井がすぐさま反応した。

「学級委員に一番ふさわしいということです」

「なんで?」

 ふてくされた2人の声がシンクロナイズした。

「いい加減にしなさい。学級委員は明来さん。先生が決めたことに文句言わないの」

 2人は渋々口を(つぐ)んだようだったが、振り向いて2人を見ると、机の上に両肘をついて顔を掌の上に乗せ、仏頂面(ぶっちょうづら)で担任を睨み続けていた。
 それだけでなく、ホームルームの時間が終わって教室を出る担任の後姿に向かって思い切りアッカンベーをした。そして、わたしの席まで来て、左右を塞ぐように仁王立ちで壁を作った。

「なんであんたが学級委員なの? 寒田さんに譲りなさいよ」

 黄茂井がにじり寄った。

「そんなこと言われても、わたしがお願いしたわけじゃないから……」

「嘘言わないでよ。先生に何かしたんでしょ。親が何か持っていったんじゃないの?」

 黄茂井の顔がわたしの目の前にあった。

「そんなこと……」

 立ち上がろうとしたわたしの肩を寒田が押しとどめた。

「ボスはわたし。あんたは家来。いいわね」

 有無を言わさぬ迫力に、怯えて声も出なかった。逆らうことなんてできなかった。

 次の日から虐めが始まった。先生の目を盗んで、黒板に〈鬼魔子〉と書き、囃し立てたのだ。

「き・ま・こ、き・ま・こ、鬼の子、悪魔の子!」

 2人とも体が大きく、担任の先生と同じくらいの身長で、同じ組の男子よりも背が高かった。小柄なわたしには巨人に見えた。威圧的に見下ろす彼女たちに何かを言えるはずがなかったし、それは他の子も同じだった。