三文字ワルガキ隊によって明来貴真心への虐めを封じられた寒田と黄茂井は胸糞(むなくそ)悪い思いが充満して爆発しそうになっていた。しかし、体の大きな3人が毎日教室に来て威嚇(いかく)するので、大人しくせざるを得なかった。

 それでも、5年生になってその呪縛(じゅばく)から解き放たれた2人は、うっぷんを晴らすかのように行動を始めた。獲物探しだった。虐められるのを待っているような女の子を見つけ出して捕獲するのだ。

 クラスの様子を見ながら慎重に探していると、小柄で、内気で、目立たない女の子が目に留まった。更に様子を見ていると、仲の良い子もいなさそうだった。2学期になった時、その子のことを〈ターゲット〉と名付けた。獲物狩りを始めることにしたのだ。

 体が一段と大きくなった2人が言葉の虐めだけで満足することはなかった。より暴力的な欲求を満たすために手と足を使い始めたのだ。しかも、周囲にばれないように巧妙にやることを申し合わせた。廊下でターゲットに近づくと、見えないように膝蹴りをしたり肘打ちをするのだが、あまり痛くないようにやるのだ。声を出されるのを防ぐためだった。
 下校時も同じことを繰り返した。仲よく遊んでいる振りをして、笑いながら膝蹴りと肘打ちを繰り出すのだ。そして、涙目になっているターゲットに「あんたも笑いなさいよ」と強制し、別れる時には口封じをすることを忘れなかった。「言い付けたらもっと酷いことをするからね」と。
 しかし、それが常習化すると、単なる暴力では満足しなくなった。ただ泣かすだけでは飽き足らなくなり、もっと刺激の強いことをやりたくなった。それが何かはわからなかったが、探し続けるうちに、黄茂井がある情報を掴んできた。

「あの子の家、金持ちだってこと知ってる?」

 ターゲットの住む家が大きいだけでなく、マンションを5軒も持つ資産家だということを突き止めたのだ。

「あの子からお金せびろうよ」

 小遣いの少ない黄茂井はお金に飢えていた。

「いいね。それいい」

 欲しいものがいっぱいある寒田は一も二もなく賛成した。それでも、一気に大金をせびるとバレてしまう可能性があるので、小さくせびることに決めた。それも、現金ではなく物をせびるのだ。
 そこで目をつけたのがコンビニスイーツだった。最初は140円のシュークリームと120円のマシュマロだった。ターゲットの小遣いで買えるものを選んだのだ。しかし、ターゲットが素直に応じると、要求はどんどんエスカレートしていった。

「イチゴのミルクプリンが欲しいな」

 黄茂井が要求したのは200円のスイーツだった。

「私は黒ゴマのパフェがいいな」

 寒田は280円のスイーツを要求した。

 ターゲットは断らなかった。いや、断れなかった。応じている間は暴力がないからだ。断ったらまた膝蹴りと肘打ちが飛んでくるのは目に見えている。NOという選択肢はなかった。自分が買いたいものを我慢して、2人の要求に応えた。

 それでも、その要求が月1回から週1回になり、3日に1回になると、ターゲットの2,000円の小遣いでは足りなくなった。どうしようもなくなって泣きついたが、2人は聞き入れなかった。 

「お年玉貯めてるんじゃないの?」

 寒田に詰め寄られた。

「下ろしてきなさいよ」

 黄茂井が肘打ちの真似をした。

「でも、通帳はお母さんが持っているから……」

 ターゲットは涙声になった。

「だったら、欲しいものを買いたいって言いなさいよ」

 寒田がにじり寄った。

「でも、出来なかったら、」

 黄茂井が拳を握りしめた。

 ターゲットは恐怖に怯えて、うずくまった。

        *

 その夜、ターゲットは母親に言い出すことができなかった。理由が思いつかなかったからだ。なんでも買い与えてもらっている彼女には欲しいものが何もなかった。しかし、お金の工面ができなければ寒田と黄茂井に暴力を振るわれる。そんなことになったら耐えられない。切羽詰まった彼女は悩んだ末、ある決心をした。

 家族が寝静まる深夜を待ってベッドを抜け出し、忍び足で台所のドアを開けた。食器棚の引き出しの3段目に母親の財布が仕舞ってあることを知っていたので、震える手で引き出しを開け、財布の中から千円札を1枚抜き出した。「お母さん、ごめんなさい」と心の中で呟いて。

        *
          
「やればできるじゃない」

 チョコバナナクレープとイチゴクレープを頬張った2人の前でターゲットは震えていた。母親への後ろめたさとエスカレートする要求への不安からだった。

 残念ながらその不安は当たってしまった。6年生になって別のクラスになったが、そんなことは関係ないというふうに寒田と黄茂井がとんでもないことを言い出したのだ。

「修学旅行の時、1万円持ってきなさいよ」

 今までとは桁の違う要求だった。

「それは無理……」

 口に手を当てて呆然とするターゲットに、寒田が最後通牒を出した。

「妹がどうなっても知らないからね!」

 3歳年下の妹に危害を加えると脅されたのだ。

「それだけは止めて」

 すがるように訴えるターゲットに黄茂井の声が突き刺さった。

「妹が死んでも知らないからね!」

 その声が耳に届いた瞬間、ターゲットが崩れ落ちた。

        *
          
 修学旅行前日の深夜、家族が寝静まるのを見計らって台所へ行き、食器棚の3段目の引き出しを開けた。しかし、その途端、目が点になった。あるはずのものがなかった。財布がなかったのだ。一瞬にして不安が頭を過った。

 お母さんに気づかれたのかもしれない。どうしよう……、

 でも、すぐにその不安は恐怖に変った。母親の顔が消えて、寒田と黄茂井の顔が浮かんできたからだ。

 殺される……、

 体がブルブルと震えた。

 部屋に戻ったターゲットは手紙を書き始めた。寒田と黄茂井に虐められていることをすべて書き連ねた。そして、『お母さんごめんなさい、許してください』と結びの言葉を書いた。それを封筒に入れ、引き出しの中にしまった。
 修学旅行中に何かあった時のために証拠を残しておきたかった。それに、もし酷い目に遭ったら、その時はこれが遺書になるかも知れない、そう呟いた時、タダでは死ねないと思った。両手を合わせて必死になって祈った。そして、バイク、自転車、トラック、と何度も声を出した。