「䞀緒にやりたせんか」

 豊掲垂堎に店を構える目利調倪郎を蚪ねた海野が開口䞀番切り出した。

「えっ、䞀緒にっお、䜕をですか」

 突然の申し出に戞惑ったような衚情を浮かべたが、海野は倧きく頷いお、先を続けた。

「魚を芋分ける目利さんの䞊倖れた力ず今たで築かれおきたネットワヌクはずおも貎重なものだず思っおいたす。だからこそ、それを匊瀟の資本力、情報力ず合䜓させれば、日本党囜の消費者に脂が乗った旬の倩然魚や環境に配慮した矎味しい逊殖魚をお届けできるず思うのです。それに、」

 海野の脳裏に食楜喜楜で初めお䌚った時の目利の話が蘇った。それは、〈宮城県の逊殖業者が心血を泚いでいる〉ずいう蚀葉だった。持垫や逊殖業者の想いを倧切にする人は魚を倧切にする人であり、海を倧切にする人に違いなかった。

「倧日本魚食は経営の方向性を倧きく倉えようずしおいたす。単なる氎産物取扱業ではなく、海、魚、持垫、氎産䌚瀟、流通䌚瀟、消費者、そのすべおが幞せになれる持続可胜な幞犏埪環に挑戊しようずしおいるのです」

 するず、目利の衚情が倉わった。

「それです。それなのです。私が求めおいたものは」

 探し求めおいたキヌワヌドにやっず巡り䌚えたず顔を綻ばせたが、しかしそれは長く続かなかった。すぐに顔を曇らせお、胞に溜たっおいる䞍安を吐露するように蚀葉を継いだ。

「海ず魚の犠牲の䞊に成り立っおいる氎産業はい぀か滅びたす。海ず魚を倧事にしなければ、海ず魚ず人類が共存共栄できる方策を探さなければ、氎産業が衰退するだけでなく、人類の未来にも倧きな圱響が出るのです。しかし、そのこずを声を倧にしお蚀っおも仲買仲間は聞いおくれたせん。賛意は瀺しおくれるのですが、『俺たちは魚を仕入れお売るだけだ。それ以䞊のこずはお䞊に任せおおけばいいんだ。俺たちに䜕ができる そうだろう』ず蚀われるのが萜ちなのです。なんずかしなければいけないず思いながら、なんにもできない自分に  」

 悔しそうに蚀葉を飲み蟌んだ。それは、どうしようもない珟状をすべお自分の責任に垰しおいるようで、芋おいお居たたたれなくなった。海野は䞀歩近づいお圌の目を芋぀めた。

「目利さん、䞀緒にやりたしょうよ。䞀人では限界があっおも、私たちが手を組めば掛け算ずなっお仲間が広がっおいくのではないでしょうか。そうなれば、吞匕力が生たれお曎に倚くの仲間を匕き付けるこずも可胜です。今、動き出せば倧きな流れを䜜り出すこずができたす。目利さん、やりたしょうよ。持続可胜な幞犏埪環の茪を䞀緒に広げおいきたしょうよ」

        

「目利さんが賛同しおくれおね」

 食楜喜楜で海野ずディナヌを共にしおいた。

「凄いわね。たさかあの目利さんず提携できるなんお」

「だよね。思い切っお圓たっおよかったよ」

「でも、どうやっお口説いたの」

 海野はニダッず笑った。

「持続可胜な幞犏埪環ず蚀った途端、圌が前のめりになっおきたんだ」

 その時の反応を詳しく説明しおくれたあず、「琎線に觊れたんだよ。君が発したキヌワヌドが」ず語尟に力を入れた。
 それはずおも嬉しいこずであり、海利瀟長や嘉門郚長や海野だけでなく賛同者が瀟倖にも広がっおいるこずは望倖の喜びでもあった。
 しかし、同時に責任も感じおいた。今埌どんどん茪が広がっおいけば倱敗は蚱されなくなるし、もし実珟できなければ懐疑的に芋おいる人たちを勢いづかせるこずになる。そんなこずになったら〈持続可胜な幞犏埪環〉ずいう蚀葉は藻屑(もくず)ず消えおしたうかもしれない。そうなれば魚も海も未来を閉ざされおしたう。それは人類の未来も閉ざされるこずず同じになる。だから発案者ずしおの責任は重い。そう考えるず、ナむフずフォヌクを動かせなくなった。

「どうしたの 顔色が良くないけど」

 衚情の倉化に気づいたのか、海野が心配そうに芗き蟌んできた。

「うん、責任を感じおきた。蚀い出しっぺで終わるこずはできないから  」

 そのあずの蚀葉を飲み蟌んだ。䞀人で抱え蟌むにはあたりにも倧きい挑戊だからだ。しかし海野は、「倧䞈倫だよ」ず明るい声を返しおきた。

「僕だけでなく瀟長も郚長も匷力に支揎しおくれおいるし、賛同者も着実に増えおいる。それに、海の向こうでサルマン瀟長も応揎しおくれおいる。だからこの流れが止たったり倱速するこずはない。勢いを増すのは間違いないんだ。心配いらないよ」

 それでも頷くこずはできなかったが、どんよりずした胃の重さは軜くなったような気がした。それに、目の前で䞀生懞呜勇気づけおくれおいる海野の気持ちが嬉しかった。

「ありがずう」

 呟くようにしか蚀えなかったが、圌の耳には届いたようだった。笑みず共に「もう䞀床也杯しようよ」ずグラスを䞊げた。

「持続可胜な幞犏埪環に也杯」

 海野の声が心の䞭で匟けた。

        

「ずころで」

「ん」

「いや、なんでもない」

 家たでの道を海野ず歩いおいる時だった。

「䜕」

 海野は黙ったたただった。

「なんなの」

 気になっお立ち止たったが、海野は銖を振っお、たた歩き出した。

「倉なの」

 あずを远いかけたが、海野が口を開くこずはなかった。
 その埌は無蚀で歩いおいたが、家が近づいおきたので〈送っおくれおありがずう〉ず蚀おうずした時、小指に海野の指が觊れた。

 えっ、

 たた觊れた。

 えっ

 海野を芋たが、圌は前を向いたたただった。しかし、それだけでは終わらなかった。手を握られた。

 あっ、 

 その瞬間、電流が走っお急に歩き方がわからなくなり、䜕もないのに躓(぀たず)いお圌の方ぞよろけた。〈ごめんなさい〉ず蚀おうずしたら抱きしめられた。アッず思った時には頭が圌の顎の䞋にあった。
 動けなくなった。
 どうしおいいかわからなくなった。
 ドキドキしおじっずしおいるず、圌の手が髪に觊れた。
 そしお、撫でられた。
 たた電流が走った。
 でも、それだけでは終わらなかった。
 圌の唇が髪に觊れた。
 それがおでこに移り、眉毛から目に動き、錻から唇ぞず䞋りおきた。もう立っおいるこずができなくなった。
 䜓を預けるず、合わせたたた圌の唇が動いた。

「ずっず、このたたでいたい」

 時が止たった。

        

「遅かったわね」

 玄関を䞊がるず、母が居間の方に目をやった。

「お父さんが心配しおいたわよ」

 小さく頷いたが、居間には寄らず、自宀がある2階ぞの階段を䞊がった。
 郚屋に入るなりベッドに腰かけお、バタンず仰向けに寝そべった。
 心臓がただドキドキしおいた。それに、唇に圌の感觊が残っおいた。
 ハ、ず倧きく息を吐いお寝返りを打ち、目を瞑っお、自分の気持ちを確かめた。
 でも、䜕も浮かんでこなかった。
 心の䞭に答えはなかった。

 明日からどうしよう  、

 そんなこずしか浮かばなかった。