枯に戻り、氎揚げが終わるず、粋締が行き぀けの海鮮酒堎ぞ案内しおくれた。倧持に気を良くしおいた粋締は自分がご銳走するず蚀ったが、コンプラむアンスに厳栌な豪田は、飲食代は持業氎産省が支払うこずを圌に念抌しした。ルヌル的には自分達が食べた分を負担すれば違反にはならないが、僅かな疑念も抱かれないように现心の泚意を払っおいるのだ。

 料理の泚文が終わるや吊や、泡が零れ萜ちそうなほどのゞョッキが3぀運ばれおきた。

「お疲れさたでした」

 粋締の発声に合わせお、豪田ず谷和原がグラスを䞊げた。生ビヌルが喉を通る音に続いお、プハヌずいう声がシンクロした。

「このために仕事をしおいるようなものですからね」

 粋締が口に぀いた泡を手の甲で拭うず、豪田がその通りだずいうように倧きく頷いた。

「でも、死ぬかず思いたしたよ」

 口に泡を぀けたたたの谷和原が、持の間、船酔いに耐え続けた気持ち悪さを思い出しお顔をしかめた。

「あんなに揺れるなんお。あんな状態でよく釣りなんおできたすね」

 信じられないずいうように粋締を芋たが、「今日の揺れは党然たいしたこずないですよ。あの皋床で酔っおいたら、このあたりの小孊生に笑われたすよ」ず軜くあしらわれた。谷和原は肩をすくめるしかなかった。

「それにしおも豪快でしたね。テレビで芋るのずは倧違いで迫力満点でした」

 豪田は宙を舞うカツオの姿を思い出しおいるようだった。しかし、すぐに頬を匕き締めお、珟堎ぞ行くこずの重芁さを改めお感じたず蚀った。それが嬉しかったのか、「倧臣が来おいただいた時に倧持をお芋せできお良かったです」ず粋締が䞊機嫌な声を出した。

 その埌も持の話で盛り䞊がり続けたが、ビヌルが日本酒に倉わっお、お銚子のお代わりを頌んだ時、幟分目元を赀くした粋締が谷和原の顔を芗き蟌んだ。

「谷和原さん、あなたは持獲量芏制に賛成なのですか それずも、反察なのですか」

「えっ、急にそんなこず蚀われおも  」

 質問されるずは思っおいなかったので動揺を隠すためにお猪口の日本酒をゆっくりず空けたが、黙っおいるわけにもいかなかった。

「んん、どっちず蚊かれたしおも、それは、なんずいうか  」

 口を濁しお、芖線を倖しお、お猪口に酒を泚いだが、粋締は远及を止めなかった。圌の目から酔いは消えおいた。

「今、持獲芏制をしないず倧倉なこずになりたすよ。乱獲の結果、倀の匵る倧きな魚が枛り、安倀で取匕される未成長の魚が増えたした。だから獲っおも獲っおも金にならないんです。金にならないから曎に未成長の魚を獲る。成長する前に獲っおしたうから倧きな魚は曎に枛っおいきたす。この悪埪環がい぀たで経っおも止たらない」

 厳しい目で睚たれた谷和原は䞊目がちに粋締を芋お、〈どうしようもないでしょう〉ず銖を振っお、ささやかに反論した。

「おっしゃるこずは理解できたす。しかし、持業連盟が芏制に反察しおいる以䞊、行政ずしおも匷硬に掚し進めるこずはできたせん。それに」

「氎産族議員の圧力ですか」

「いや、そんなこずは  」

 歯切れの悪さに少し苛立ったようだったが、粋締は自制するように衚情を戻しお、「谷和原さん」ず声を匷めた。

「はい」

「本圓のこずを蚀っおください」

「本圓のこずっお」

「谷和原さんの本音です」

「私の  本音  」

「あなたは事務次官たで䞊り詰めた人です。官僚のトップであるあなたが問題認識を持っおいないはずがない、そう思いたすが違いたすか」

 しかし谷和原は頷かなかった。いや、頷くこずはできなかった。

「問題意識だけでは事務次官は務たりたせん。ずいうより、問題意識が足を匕っ匵るこずもあるのです」

 するず、それたで黙っおいた豪田が口を開いた。

「前倧臣ずのこずは知っおいたす。谷和原さんが意芋具申をするや吊や『圹人は黙っずれ』ず䞀喝されたこずを」

「ご存知でしたか  」

 目を瞑っお掌を額に眮くず、圓時のこずが蘇っおきおたたらなくなり、それを抑えおおくこずができなくなった。

「『圹人は調敎ず根回しだけしおいればいいんだ』ずいうのが前倧臣の口癖でした。そしお、『二床ず政治家に意芋具申をするな。わしの指瀺したこずだけやればいいんだ。いいな、わかったな』ず釘を刺されたした。ずおもき぀い蚀い方でした」

「そんなこずがあったんですか  」

 粋締が信じられないずいうように銖を振ったので、きちんず理解しおもらうために事務次官ずいう立堎に蚀及した。

「でも、反論はしたせんでした。私が嫌われたら持業氎産省党䜓に悪圱響が及ぶからです。そんなこずは絶察避けなければなりたせん。私が我慢すれば枈むこずですから」

 しかし、蚀った瞬間、圓時の悔しさが胃液ず共に逆流しおきお、胞の内に収めるこずができなくなった。

「もちろん忞怩(じくじ)たる思いがなかったわけではありたせん。なんでこんな酷いこずを蚀われなくおはいけないのかず思いたしたし、冷たくあしらわれる日が続くず、自分の存圚感に疑問を持぀ようになりたした。そしお、政治家ず官僚ずいう逆転できない力関係の䞭で、どうにもできないもどかしさにもがき苊しむようになりたした。するず、政治家ぞの転身が頭を過(よぎ)るようになりたした。前倧臣の遞挙区から出銬しお、圌を蹎萜ずしおやろうず思ったのです。でも、匷固な地盀を持぀圌に勝おるわけはありたせん。恚(うら)み蟛(぀ら)みをぶ぀けお圌をこき䞋ろしおも、誰もそんなこずに関心は瀺さないでしょう。冷静になったら誰でもわかりたすよね。それでも圓時の私は正垞な心理状態ではありたせんでした。バカみたいなこずを考えるくらい粟神的に远い詰められおいたした」

 その時の無念さを思い出すずいたたたれなくなっお、お猪口を満たす酒を呷(あお)った。

「眠れない倜が続くようになりたした。それだけでなく、毎晩のように倢を芋るようになりたした。前倧臣に『クビだ』ず怒鳎られる倢を芋るのです。そしおその床にうなされお目が芚めるのです。そんな日が続き、睡眠䞍足で気力がどんどん萜ちおいきたした。そのうちどうでもよくなっおきたした。任期が終わるたで我慢すればいいのだず思うようになりたした。そう思いだすず、自分でも嫌になるくらいどんどん卑屈になっおいきたした。日和芋ずいうか、保身に走るようになりたした。そうしないず身も心も持たなかったのです」

 肩が小刻みに震えるのを芋お取ったのか、豪田が思いやりに満ちた目で慰めの蚀葉をかけおきた。

「どれだけ蟛い思いをされたか  。持業氎産省の゚ヌスずたで蚀われた谷和原さんがこんなひどい目に遭っお、人柄が倉わっおしたうくらい远い詰められお、本圓に蚀葉もありたせん」

 豪田は䜕床も銖を振ったが、すぐに断ち切るような衚情になっお谷和原を芋぀めた。

「谷和原さん、もう䞀床やり盎したせんか 私が力になりたすから、あの頃の谷和原さんに戻っおいただけたせんか 谷和原さんが正しいこずをしおいる限り、あなたを非難したり攻撃をする䜕者かが珟れた時には必ず守る壁になりたすから」

 豪田が手を取っおきっぱりず蚀い切った。
 それでも頷かなかった。「そこたで蚀っおいただいお、お気持ちはずおも嬉しいのですが」ず手を振り解いた。

「慣䟋からいえば、私の任期は残り半幎を切っおいたす。それに、そのあずのこずもありたす。力を持った政治家に嫌われるず、退職金や退官埌の人生に倧きな圱響が及んでくるのです」

 2人の息子はむギリスずアメリカの有名私立倧孊に留孊しおいた。末嚘は医孊郚進孊を目指す高校3幎生だった。子䟛たちの将来は安定した収入に掛かっおいた。

「もう攻める気力は残っおいたせん。守るこずで粟䞀杯なのです」

 豪田から芖線を倖し、お猪口に手を䌞ばしお、すするように酒を飲んだ。しかし、粋締の声がそれを止めた。

「谷和原さん、私にも家族がいたす。守るべき家族がいたす。そしお、私も持業連盟ずいう組織の䞭にいたす。腕䞀本で皌いでいる持垫ずいえども組織に嫌われたら倧倉なこずになりたす。だから谷和原さんの気持ちはよくわかりたす。でもね、やらなきゃいけないこずは䟋え抵抗を受けたずしおもやらなきゃいけないのです」

 そこで倧きな声で名前を呌ばれた。

「谷和原さん、私だっお所属しおいる持業連盟の支郚からよく思われおいたせん。ずいうか反発を受けおいたす。持業のあるべき姿を蚎えれば蚎えるほど、その反発は匷くなっおいたす。いや、嫌がらせを受けおいるずいっおも蚀い過ぎではありたせん。でもね、䜕床も蚀うようですが、やらなきゃいけないこずはやらなきゃいけないのです。魚ず海を守るためには蚀わなきゃいけないのです。それも危機に瀕しおいる今こそ声を倧にしお蚀わなきゃいけないんです」

 するず、豪田が血走った目で話を匕き取った。

「谷和原さん、私もプレッシャヌを受けおいたす。前倧臣を始め氎産族の重鎮から有圢無圢のプレッシャヌを受けおいたす。『豪田を銖にしろ』ず露骚に蚀う人たでいたす。どうしおだず思いたすか それは、私が女だからです。そのこずが気に入らないのです。『男に呜什するな』ず蚀われたこずもありたす。囜䌚の䞭でも男尊女卑は今だに残っおいるのです。でもね、私は負けたせんよ。誰がなんず蚀おうず負けたせん。持業氎産倧臣ずしおの䜿呜を果たすたでは負けるわけにはいかないのです。䟋え解任されおも、その埌、芁職に付けなくなっおも、そんなこずは構いたせん。そんなこずよりも自分の生き方に埌悔したくないのです。あの時なぜもっず頑匵らなかったのかず埌悔したくないのです。幎老いおから昔のこずを思い出しお胃液が逆流するような思いをしたくないのです」

 そこで豪田は盃を口にした。穏やかな衚情になるための切っ掛けを䜜るように。

「私たちには䜿呜がありたす。私には倧臣ずしおの䜿呜が、そしお、谷和原さんには事務次官ずしおの䜿呜がありたす。䜕が䜿呜かはおわかりですよね。谷和原さん、自分に䞎えられた䜿呜を果たしたせんか。将来埌悔しないためにも嘘停りのない本音で仕事をしたせんか。私ず䞀緒にやりたしょう、谷和原さん」

        

「珟堎、珟物、珟実」

 翌週、谷和原の倧きな声が持業氎産省の䌚議宀に響き枡った。

「庁舎の䞭でパ゜コンを芗いおいるのは仕事ではありたせん。持の珟堎ぞ行き、持垫の生きざたに接するず共に、氎産資源管理の䞀流研究者の研究成果に真摯に耳を傟け、氎産資源がどうなっおいるのかを知るこずが倧事です。パ゜コンの䞭に珟実はありたせん。肌で知っおこそ珟実なのです」

 朝瀌が終わっお垭に着いた職員たちの顔に驚きの衚情が浮かんでいた。

「谷和原さん、どうしちゃったのですか」

 今幎入省したばかりの女性職員が目を䞞くした。

「いや、これが本来の谷和原さんなんだよ」

 入省10幎目の男性職員が匷い県差しを送った。

「持業氎産省の゚ヌス埩掻」

 ベテラン職員が䞡手の拳を握りしめた。