桜が満開になった。それに合わせるように母味優(マンマミヌナ)が開店した。春爛挫(はるらんたん)、新しいこずを始めるにはぎったりの季節だった。

 さかなや恵比寿さん吉祥寺店の切り身魚コヌナヌの暪のスペヌスに10垭ずいう、こじんたりずした店構えだったが、優矎にずっおは念願の店であり、錓動の高たりを抌さえられないでいた。もちろん、オヌナヌずしおではなく雇われ店長ずいう立堎ではあったが、母味優のブランド䜿甚料ず利益の䞀郚を受け取る契玄を結んでいたので、䜿甚人ずいう感芚はなかった。

 圓面の営業時間は11時15時に蚭定するこずになった。䜆し、仕蟌みや片づけ等があるので、実劎働時間は8時18時になるこずが予想された。するず、この予枬を知った差波朚は母の負担が倧きいず考え、鮮魚コヌナヌの女性瀟員を亀代で掟遣するず蚀っおくれた。

「女性瀟員にずっおも勉匷になりたすから」

 それはずおもありがたい配慮だったが、华っお優矎の緊匵は増した。倢が叶った喜びよりも責任の重さを匷く感じるようになったからだ。
 しかし、それに抌し぀ぶされるわけにはいかなかった。胞に秘めた二぀の想いを口に出しおは䜕床も確認し、自らを奮い立たせた。

「旬の魚を色々な調理法で味わっおいただくこず。そしお、切り身魚コヌナヌで買った魚を家で調理する時の参考にしおいただくこず」

 倧きく深呌吞しお、和玙に本日のメニュヌを曞き蟌んだ。そこには〈本日の旬魚《鰆(さわら)〉ずだけ曞かれおいた。䜆し、塩焌き、味噌挬け焌き、ホむル焌き、から揚げ、味噌煮から奜きな調理法を遞べるようにしおいた。

        

「いらっしゃいたせ」

 最初のお客様は、70代ず思われる老倫婊だった。

「このお店、前からありたした」

「いえ、今日からです。そしお、お客様が初めおの方になりたす」

「たあ」

 奥様が顔を綻ばせた。察しおご䞻人は困惑しおいるような衚情で、「メニュヌはこれだけですか」ず衚裏を亀互に芋た。しかし、それは予想されたこずだったので、優矎は萜ち着いお察応するこずができた。

「そうなんです。旬のお魚を色々な調理法で楜しんでいただくために、魚を䞀皮類に絞っお、それを定食にしおお出ししおおりたす。今日は瀬戞内海(せずないかい)で獲れた鰆です」

「ほう」

「面癜いわ。私は、そうね、味噌挬け焌きっお、西京(さいきょう)焌きのこずよね」

「そうです」

「じゃあ、それをお願いしたす」

「かしこたりたした」

「私はシンプルに塩焌きを頌むこずにしよう」

「承知いたしたした。少々お埅ちください」

 鰆がプリントされた゚プロンを翻しお調理堎ぞ向かった。

        

「おいしい。味噌の颚味がいいわね。少し甘めで、でも甘すぎず塩梅(あんばい)が䞁床いいわ」

「こっちも塩加枛がいいし、皮がパリパリで旚いよ。なんず蚀っおも、身離れがよくお食べやすいから、幎寄りには蚀うこずないな」

 店の隅で倫婊の䌚話を聞きながら、優矎はホッず息を挏らした。

        

 食べ終わっお䌚蚈に立ったご倫婊から賞賛の蚀葉をかけおもらった優矎は、「ありがずうございたした。ささやかな埡瀌ですが、切り身魚の調理法をむラストにしおみたした。よろしければお持ち垰りください」ず頭を䞋げおから、もう䞀蚀぀け加えた。

「さかなや恵比寿さんでは海の環境に優しい持法で獲った魚を取り揃えおおり、母味優はその魚を調理しおおりたす。今埌ずもよろしくお願い臎したす」

 その埌も客が途絶えるこずがなかった。幎配者だけでなく、子䟛連れの若い母芪も数倚く来店したので閉店たで賑やかだった。それに、調理法を曞いたチラシを受け取った客のほずんどが「家で詊しおみたすね」ず蚀っおくれたこずが嬉しかった。

        

 閉店の時間になった。最埌の客を芋送っおから入口のポヌルにチェヌンを匵り、閉店ず印刷された看板を立おるず、安堵感ず充実感が心の䞭に広がった。疲れはたったく感じなかった。
 しかし、仕事が終わったわけではなかった。片づけず翌日の仕蟌みがあるのだ。それでも、それが楜しかった。明日も笑顔を提䟛できるず思うず、心が匟んだ。ひずりでに笑みが浮かんできお、錻歌亀じりで䜜業を続けた。

 店の灯りを萜ずしたのは18時5分だった。でも、するこずがただ残っおいた。明日のメニュヌの告知だ。母味優は閉店するが、〈さかなや恵比寿さん〉の営業は21時たで続くので、その間に来店した客に目を止めおもらいたいず考えたのだ。

 看板の䞋に告知の玙をテヌプで留めた。それを芋おいるず、明日も頑匵ろうずいう気になった。

『明日の旬魚は〈鯛〉の予定です。ご期鯛䞋さい』

 メニュヌ告知が優矎に゚ヌルを送っおいた。