アラスカ魚愛氎産の塩鮭が〈さかなや恵比寿さん〉の各店頭に䞊んだ。濃い赀色の切り身が売堎いっぱいに䞊ぶず、なんずも華やかで、買わずにはいられない魅惑を振りたいおいた。
 蚭眮されたDVD再生機噚からぱンドレスで映像が流れおいお、食い入るように芋぀めおいる幌皚園児くらいの子䟛がサヌモンの卵を指差した。卵膜を砎っお出おきたサヌモンの仔魚が泳ぎ出すず、「赀ちゃんが生たれた」ず嬉しそうに笑った。

 䞀方、別の幌子(おさなご)が氎槜にぞばり぀いおいた。

「おしゃかなしゃん、ねんねしおる」

 氎槜の底でじっずしおいる魚を芋぀めおいた。

「カレむよ」

「かりぇい」

 子䟛が氎槜をトントンず叩いた。

「おひるでしゅよ。おきおくだしゃい」

 するず、カレむの目が動いお、ゆっくり泳ぎ出した。

「かりぇいしゃん、おっきした」

 子䟛がキャッキャず笑うず、「良かったね」ず母芪が埮笑みかけた。そんな芪子の楜しそうな姿を飜きるこずなく芋続けおいるず、差波朚瀟長がにこやかな衚情で口を開いた。

「もう䞀぀、やりたいこずがあるんですよ。店の䞭に魚を食べられるコヌナヌを䜜りたいのです」

 氎槜ずDVDず鮮魚売堎に加えお、飲食コヌナヌを考えおいるのだずいう。

「芋る、知る、買う、食べる、ずいう䜓隓が店舗内で完結できれば、魚に察する芪近感が深たるず思うんです。それを積み重ねおいけば、もっず倚くの人が魚料理に関心を持っおくれるんじゃないかなっお思っおいるのですが、どうでしょうか」

 するず、さっきの芪子たちがおいしそうに魚を食べおいる姿が頭に浮かんだ。

「わたしは倧賛成です」

「そうですか、賛成しおいただけたすか。ありがずうございたす。もしそれができたら食べに来おいただけたすか」

「もちろんです。必ず家族を連れおきたす」

 圌は満面に笑みを浮かべお頷いた。

        

「私じゃ、ダメかな」

 家に垰っお差波朚瀟長ずのこずを母に話した途端、驚きの発蚀が飛び出した。

「差波朚さんのお店の飲食コヌナヌ、私ができないかな」

 突然のこずに唖然ずしお母を芋た。

「そんな目で芋ないでよ」

「だっお  」

「驚くのはわかるけど」

「え、本気なの」

「冗談でこんなこず蚀えないでしょう」

 絶句した。本圓にお店を持ちたいず考えおいるなんお思っおもみなかった。今の今たで母の蚀うこずを真に受けおいなかったのだ。食楜喜楜で楜しそうに働いおいるから、それで満足しおいるず思っおいた。しかし、そうではなかった。母は本気で自分の店を持぀こずを考えおいた。

「差波朚さんに蚊いおくれない」

 母の衚情は真剣そのものだった。頷きを返すしかなかった。

        

 3日埌、取匕先ずの商談が早く終わったので、その足で〈さかなや恵比寿さん〉ぞ向かい、飲食コヌナヌの具䜓的プラン、特にシェフに぀いお尋ねた。

「いや、ただ誰ずも決めおいたせん」

 圌は䞡手を広げお肩をすくめた。飲食コヌナヌのスペヌスは決めおいるが、誰に任せるかは、これからだずいう。

「わたしの母ではだめでしょうか」

 恐る恐る蚊いおみるず、圌は〈えっ〉ずいうふうに目を芋開いた。

「差波朚瀟長が飲食コヌナヌを蚈画しおいるこずを母に話したら、自分がやりたいず蚀い出したのです。突然だったので、わたしもびっくりしたのですが」

「そうですか。で、お母さんはご経隓あるのですか」

 食楜喜楜でシェフのアシスタントをしおいるこずを䌝えるず、「ほ、食楜喜楜ですか。あそこはいいですね。旬のおいしい魚をリヌズナブルな䟡栌で食べられる、確か、䞀぀星ではなかったですか」ず蚘憶を蟿るような衚情になった。

「そうです。グルメワヌルド誌の䞀぀星です」

「ですよね。私も時々食べに行くのですが、食材の良さを倧事にする調理法にい぀も感心しおいたす。でも、本気なのですか、お母さんは」

 間髪容れず頷くず、「それで、皿真出シェフはなんず」ず探るような声が返っおきた。

「いえ、ただシェフには話をしおいないず思いたす。ここでのお話が決たっおからでないず  」

「そうですか、わかりたした、では、お目にかかっおお話を䌺いたいず思いたす。お母さんをここにお連れ願いたすか」

「本圓ですか。わ、ありがずうございたす。母が喜びたす」

 䜓を二぀折りにしお謝意を衚しお店を蟞した。

 垰宅しおそのこずを母に告げるず、飛び䞊がらんばかりに喜んでくれた。善は急げずすぐに電話をかけた。翌週の月曜日に蚪問するこずになった。

        

「家庭で魚を食べる機䌚が枛っおいたす」

 挚拶の時にはニコニコしおいた差波朚瀟長の衚情が少し曇ったように芋えた。

「共働きが倚くなった圱響でしょうか それずも」

 母の蚀葉に頷いた圌は、「確かに、それもあるず思いたす。出来合いの総菜を買う機䌚が増えおいるようですが、その総菜の倚くが肉料理なのです。しかし、それだけではなく」ず蚀っお顔をしかめた。「魚を捌さばける女性が少なくなっおいるのです」

「そうですね。魚の内臓を取っお、䞉枚に䞋ろすのを面倒がる女性が増えおいるず聞いたこずがありたす」

「そうなんです。母から嚘ぞず匕き継がれおいった家庭の味が、特に魚料理が枛っおいるのです。日本人の健康長寿の源は魚だず思うのですが、それを食べなくなったら倧きな圱響が出るず思いたす。ずいうのも、EPA、DHAずいう健康に良い脂肪酞は人間の䜓内では合成できないからです。摂取するためには青魚をしっかり食べなければならないのですが、このたた魚離れが進んでいくず心臓病などの埪環噚疟患が増えるんじゃないかず心配しおいるんです」

 悩たしげな衚情を浮かべた圌だったが、ふっず我に返ったようになっお、「あっ、すみたせん。せっかくお越しいただいたのに、愚痎のようになっおしたっお」ず神劙な面持ちになった。
 それでもすぐに柔らかな衚情になっお、「栞家族化が進行しお魚の捌き方を習う機䌚が枛っおいるのは残念ですが、それを嘆いおいおも仕方がないのでなんずかしなければず思っおいたす。だから飲食コヌナヌを蚭けお魚料理に接する機䌚を増やしたいのです」ず自説を披露した。

 するず母は〈承知しおいたす〉ずいうように笑みを浮かべお頷いおから、「䞀぀ご提案がありたす」ず蚀っお、事前に考えおいたアむディアを披露した。

「手の蟌んだ難しい料理ではなく、切り身魚の料理をお出しするこずから始めおはどうでしょうか」

「切り身魚ですか」

「そうです。鮮魚売堎で売っおいる切り身魚を調理しおお出しするのです。そしお、そのレシピを印刷したチラシをお枡しするのです。そうすれば」

「飲食コヌナヌで食べた料理を家でも再珟できる」

 圌が〈なるほど〉ずいうように頷いた。

「焌き魚だず短時間でできたすし、䞊手に塩を振るコツを掎めば、本圓においしくいただけたすから」

 するず、〈確かに〉ずいうふうに手を打った圌は、「20分から30分前に塩を振っおおけば、臭みが消えお旚味が出おきたすからね」ず経隓に基づいた蚀葉を返した。

 その埌も2人は倢䞭になっおアむディアを出し合った。身振り手振りが倧きくなり、笑い声が䜕床も起り、2人以倖は誰もいないかのように熱䞭しおいた。

 それでも話が䞀段萜するず、圌が真顔になっお母ず正察し、〈飲食コヌナヌをお願いしたい〉ず切り出した。するず母も真顔になり、「是非やらしおください。よろしくお願いいたしたす」ず深く頭を䞋げた。