「アラスカへ飛べ!」
えっ?!
アラスカ?
わたしが?
驚いて言葉に詰まった幸夢美久に有無を言わせぬ上司の命令が飛んできた。
「サーモンが足りない。なんとしても契約を取ってこい」
魚類取扱高で中堅の商社、大日本魚食に新卒で調達部に配属になった幸夢は、今年で入社6年目を迎えていた。命令した上司は、調達部長の嘉門佐門。サーモンに命を懸ける25時間働く男だった。
「でも、アラスカのサーモンは」
言い返そうとすると、「グダグダ言わずに行ってこい!」と雷が落ちた。
*
「大変だな」
席に戻った幸夢に同情するように海野博士が肩をすくめた。2人は同期入社だが、海野は水産大学の大学院博士課程を卒業していることもあって、年は5歳上だった。
「サーモンの需給がひっ迫しているから部長が焦るのもわかるけど……」
「人気だもんな。最も食べたい寿司の1位がサーモンだという記事が昨日の新聞に出ていたよ」
「うん。わたしも見た。女も男も子供も大人も、みんなサーモン大好きだから」
「マグロより人気があるんだから凄いよね」
海野と話しながら、目と手はパソコンに向かっていた。アラスカ行きの航空便を検索していたのだ。
「でも、ノルウェーやチリではなくて、なんでアラスカなのかしら?」
「そうだよね。昔はアメリカからベニザケが数多く輸入されていたらしいけど、今はほとんど見かけないよね。なんでだろうね」
2人は同時に首を傾げたが、その時、ふと気になることが頭に浮かんだ。
「アラスカって、魚の養殖を認めていないんでしょう?」
「そう。州の方針として環境持続型漁業を推進しているからね」
「となると、全部天然物か~」
「そういうことになるね。だから過去に取引があるといっても、契約は簡単ではないだろうね」
「う~ん」
気が重くなった幸夢の脳裏には荒れ狂う北の海で凍りつく自らの姿が浮かんでいた。



