第六話 朱と白の初対峙

 火矢が、濡れた檜皮を舐めた。
 舐めたという言葉以外、ふさわしい言い方が見つからなかった。燃えることを拒む木肌を、湿り気が守り、火は牙が欠けた獣のように、ただ表面を撫で回す。檜皮の下から生まれる樹脂の匂いが雨に薄められ、風は社殿の背へと回り込み、煙はどこにも居場所を見つけられないままぼんやり宙に漂っている。雨脚は細い糸を無数に垂らして夜を縫い、糸はずぶ濡れの兵の背にまとわりつき、足もとだけがやたらと重い。朱の鳥居はかすれ、赤が稀薄な血のように海へ吸い込まれていった。
 矢野蓮は、社殿裏の狭い回廊で立ち止まった。
 退路が切られている。
 さっきまで開いていたはずの細道に、崩れた軒の破片が橋のように斜めに積み重なり、泥と雨水の渦が足首を飲み、先の曲がりでは誰かの倒れた背が道を塞いでいた。火矢の明滅が、濡れた木肌に赤い舌を生やし、舌はすぐに雨に噛み切られる。耳を澄ませば、社殿の内側で祈りの節が短く、形だけ残っている。形だけ残った祈りほど、戦を長くするものはない。
「戻る道は、ここじゃない」
 矢野は、小隊の背に向かって低く言った。声は潮の匂いを吸って湿り、しかし重さがある。
「ここで死ぬな」
 いつもの文句をもう一度だけ置き、彼は懐の護符に手をやった。老女の指の温度がまだ紙の皺に残っている気がした。名は呼ばれぬ――その言葉が胸の骨に横たわっている。名を呼ばれぬ島で、生きている者だけが互いを呼び合う。呼び合う方法は、声でも名でもない。歩幅と、肩の角度と、息の拍だ。
「隊長、火が……」
 若い兵が囁き、指さした。行燈から漏れた火が檜皮の下の乾きを見つけて、一瞬だけ勢いを増し、すぐに雨に叩かれて萎えた。火は負けるが、火の音は負けない。湿った木が爆ぜる無音の爆発が、兵の胸の内側で繰り返される。爆ぜた音は恐怖の形をして、足の指にまで降り、足は自分が立っている地面との関係を瞬間ごとに忘れそうになる。
 矢野は五人の顔を見る。濡れた睫毛、顎の泥、口の色。どの顔にも、まだ帰る方向が残っている。帰る方向の代わりに死ぬ方向を渡されぬよう、彼は手を上げ、指を二本、水平に振った。標の列がまだ生きている、と告げる合図だ。鳴らさない太鼓の代わりに、彼の手が夜の拍を刻む。鳴らせば混乱が増える。鳴らさないことで群れの呼吸は残る。
 雨が一段階強くなった。
 強くなった雨の層の向こうで、白いものが、ゆっくりと立ち上がる。
 白――と見えながら、黒が被さっている。白装束の上から黒の雨合羽を重ね、肩に残った白は雨に打たれて灰に近づいている。顔は見えない。見えないのに、輪郭が整いすぎていて、見た者の眼の中に、先に姿勢の気配が入ってくる。姿勢が先に来たとき、人はその人の名を問わない。名のないものに、兵は異様に敏感だ。目を逸らす者、見据える者、最初から見えないふりをする者。各々の反応が、雨の糸を伝ってこの狭い回廊に集まった。
 沖田静は、敢えて姿を晒した。
 彼は、晒すという言葉を知らない。晒すのではない。ただ、雨の中に立つ。雨の中に立つことが、すでに晒すのと同じ働きをする場所がある。社殿の背の斜面、山道、入江。その三角の心臓の縁で、白は最もよく見える。見えるということが、噂を実体に変え、実体は噂よりも遅く動き、遅いものほど人の呼吸に干渉する。
 矢野の小隊の退路が切れたのを、沖田は見ていた。
 このまま押し上げれば、彼らはここで消耗して潰れる。潰れる音は夜に残り、夜に残った音は次の群れを迷わせる。迷わせれば、黒い道の筋が乱れる。乱れれば、彼の刃は余計な血を吸う。余計な血は、飽きる。飽きると、嗜虐が笑い、笑いは理性の刃を鈍らせる。鈍った刃は、彼の手には似合わない。だから、彼は立った。小隊の視線の前に、ひとつの的として。
「……白」
 背後で、若い兵が呟いた。矢野はすぐにその肩に手を置いた。置いた瞬間、若い肩の震えが指に移る。震えは、悪くない。震えは覚醒の徴だ。覚醒を恐怖に取られぬよう、彼は肩を軽く押し、小隊の並びをわずかに変えた。槍の穂先が濡れ、刀の鞘口が息を吸い、泥の足音が消えた。
 沖田が一歩踏み出した。
 踏み出した、と言うより、足場のほうが彼の足を迎えに来た。迎えに来る足場。雨が土の角を落とし、音の少ない場所だけが浮島のように現れる。彼は、その浮きの縁を踏んだ。踏んだ足は沈まない。沈まない足のまわりで、雨の粒だけが崩れ落ち、崩れ落ちた粒が地面と彼との間の音を奪っていく。
 矢野は、槍を半ばに持ち替え、刀に指をかけた。
 間合い。
 相手の肩、鞘口、左の靴の泥の深さ、右肘の余白、顎の角度。全部で、距離が決まる。距離は目に見えない。見えないからこそ、恐怖が計算に入り込む余地がある。恐怖の分だけ距離が縮む。縮んだ距離のぶんだけ、槍は短くなる。短くなった槍は、刀に近づく。刀に近づくほど、こちらの死は眼前に置かれる。
「退け」
 矢野は、後ろへ半歩、声を落とした。同時に、沖田が前へ半歩、音を置かなかった。
「退く道は、どこですか」
 声は、雨に混じって届いたのか、届かないふりをして届いたのか、判別できなかった。
 矢野は答えない。答えれば、背中が動く。背が動けば、隊が崩れる。崩れる音は、雨でも消せない。代わりに、彼は槍の柄で地面を静かに撫でた。撫でた軌跡は、標の方向へ向いている。向いていながら、誰にも見えない。
 沖田は、肩をわずかに落とした。
 礼だ。
 刃を抜かない礼。抜かないことで、抜く以上の意味を持つ礼。彼は黒の合羽の裾を指で押さえ、鞘の口に指をかけた。かけただけ。開けない。開けないまま、彼の足は、矢野の横へ斜めに寄り、斜めの軌跡は雨に消え、彼の姿勢だけがそこに残った。
「構えろ」
 矢野は、自分に言った。小隊に向けてではない。自分に向けて。
 槍先が、白と黒のあいだに細い線を引く。線はすぐに雨で消える。消えた線を、筋肉が覚える。覚えられた筋肉だけが、次の一拍に間に合う。
 初合。
 沖田の足が、泥に一寸沈み、沈みの反動で、彼の上半身が薄く前へ流れる。流れは音を持たない。矢野は槍を斜めに出し、肩で刀の鞘を押さえ、膝を緩めた。刃はまだ鞘にあり、槍の穂先は雨をすくい、それを相手の胸へ投げた。投げられた雨は、ささやかな幻を作る。幻に対して、沖田の刃は眠ったまま、槍柄の根もとに爪の腹を立てる。爪は音を出さない。出さない接触。接触だけが、矢野の手の皮膚へ直接意味を渡した。
 殺せる。
 初合の一瞬で、そう理解させられる。理解は心を乱す。乱れた心が乱れないふりをするには、息を均すしかない。矢野は均した。
 二合。
 矢野が槍を引き、刀を半寸抜く。鞘鳴りはしない。音が出たら、誰かが死ぬ。そういう距離に、いつのまにか入っている。沖田は、半歩だけ右へずれ、矢野の左の視野の角を奪う。その角度で、彼は矢野の喉と鎖骨の間をじっと見ない。見ないことが見ているに等しい。見ていない視線ほど、骨に深く降りる。「ここ」ではない、の種が、もう矢野の胸にまかれていた。
 三合。
 火矢がもう一度だけ檜皮を舐め、雨が「やめなさい」と言うようにそれを叩く。叩かれた火の明滅が、白の肩に薄い影を刻む。矢野はその影の厚さで、相手の体重の寄り具合を測った。測った瞬間に、刀を抜き、槍を低く構え直す。二本の器具が、ひとつの動作に収まるのに、思考は必要ない。訓練と雨の助けだ。沖田の刃は、遂に一寸、二寸。
 矢野の頬に、冷たいものが触れた。
 汗だ。雨と汗は似ているが、触れられた時だけ違う。違うものが、たしかに頬に線を残した。
 彼は悟る。
 この二合、三合のどこでも、相手は自分を殺せた。殺さなかった。殺せるのに、殺さない。殺さないという選択は、刃を抜くより難しい。難しいことを、滑らかにやってみせる相手を、彼は生まれてからまだ見たことがない。
 四合。
 沖田は、刃を盾のように使った。斬るためのものを、守るために立てるという逆説。刃は横顔を持ち、横顔は頬の汗を切るのに向いている。切られた汗が、矢野の顎へ落ち、冷たい鎖のように肌を伝った。舌の奥に鉄の味が生まれそうになり、彼は唾を飲み込んだ。飲み込むという動作は、恐怖に形を与える。形を与えられた恐怖は、もう暴れない。
 五合。
 槍と刀と刃が、雨の糸を振るわせ、糸は切れず、音だけが変わる。変わった音を、矢野は骨で聞いた。骨で聞いた音だけが、判断に使える。耳で聞いた音は、すぐに噂に喰われる。
 沖田が、一拍だけ目を閉じた。
 致命の直前の癖。
 閉じたまぶたの内側で、彼は「切らずに済むか」を確かめている。確かめられるという贅沢。贅沢は、戦いの中では罪かもしれない。だが、それを許すのが、今夜の雨と社殿の背だった。
「……あなたの死は、ここじゃ似合わない」
 囁きは、雨の糸を二、三本だけ弾き、あとは矢野の皮膚の下へ降りた。
 似合わない。
 言葉は、侮辱ではなかった。侮辱よりも、柔らかく、しかしよく切れた。切り傷は浅いのに、血は思いのほか長く滲む。滲んだ血が、熱の場所を教えてくれる。矢野は、熱を見た。己の胸の内側の熱。誰かを生かそうとして生まれた熱。熱の形は、刃に似ず、しかし刃より確かだった。
 沖田は、刃をわずかに逸らした。
 逸らされた軌跡が、矢野の頬の汗だけを切り、汗は線をなぞって顎へ、鎖骨へ落ち、衣の襟に吸われた。刃はそのまま鞘へうすく戻り、鞘鳴りはしなかった。鞘は濡れて重く、重さが音を飲み込んだ。飲み込まれた音は、礼になった。礼が終わる前に、白は闇へ沈む。沈む動作が、雨の糸に溶け、糸は白と黒の輪郭を取り込み、全体として夜がわずかに暗くなった。
 矢野は、追わなかった。
 追えば、部下が死ぬ。
 背のほうで、息の乱れがひとつふたつ。彼の手の動作ひとつで、乱れは遅れ、息はゆっくりと均される。均された呼吸は、小隊をひと固まりの石に戻す。石は、押せば動く。押さなければ、雨の中で少しずつ角を失い、やがて滑らかになる。滑らかなものは、刃を弾く。彼は、滑らかさを選んだ。
「退く」
 声は小さく、しかし背中の全員に届くように落とした。標の方向に片手を傾け、護符の位置を少し下げ、胸骨の上で押さえる。押さえた紙が、雨で柔らかく、指の皺に吸い込まれそうになる。吸い込まれる前に、彼は手を離した。離すというのは、信じるということに見合う。
 若い兵が、躊躇いと安堵を交互に顔に浮かべた。浮かぶたび、雨がそれを消す。消えたあとに残るものだけが本物だ。残ったのは、屈辱でも、誇りでもない。生かされたという事実だ。
 矢野の胸のどこかに、何かが芽を出していた。
 借り。
 言葉にすると、軽くなる。軽くなった借りは、夜に向かない。言葉にせず、骨で持つ。骨に持った借りは、鈍い痛みになって、彼を夜の地図に結びつける。
「隊長」
 背で、最年長の兵が声を落とした。「いまの……」
「見るな」
 矢野は首だけで制した。「見ると、追う。追えば、死ぬ」
「……はい」
 声はすぐに雨に溶けた。溶けた声の代わりに、足の向きが揃う。揃った向きの先に、崩れた軒の破片の隙間が、さっきよりも広くなっているのに気づく者が一人、二人。広がるはずはない。広がったように感じるのは、心臓の拍が落ち着いたからだ。落ち着いた拍は、隙間を広げる。広がった隙間を通すのは、声ではなく、礼の余韻だ。
 沖田は、闇に溶けながら、振り返らなかった。
 振り返れば、刃になる。いまは、刃を置いていく。置いていった刃は、彼の背の内側で冷え、冷えた刃は、次の場所でよく切れる。切るために、いまは切らない。雨が味方をしている。味方は、すぐに裏切る。裏切られる前に、彼は自らを先に裏切る。裏切りの中に、理がある。
 彼は黒い道を斜めに横切り、社殿の背の斜面を舐め、鳥居の根の影に膝を落とした。膝を落とすという動作だけで、背後の追撃の意思が薄れる。薄れた意思が雨に吸われ、吸われたぶんだけ、夜は静かになる。静けさが増せば、殺さずに済む回数が増える。増えすぎれば、彼が飽きる。飽きる前に、夜は必ず反転する。反転を待つために、いまは目を閉じる。
 矢野は、振り返らずに、退路へ兵を散らした。散らすと集まる。集まると崩れる。崩れない程度に散る。散りながら、それぞれの足の下に残った「さっきまでの恐怖」を軽く払う。払ってやる仕草は、受け取る側の背骨を撫でる。撫でられた背骨だけが、夜の重さを正しく分担する。
 耳の奥に、さきほどの囁きが残っていた。「似合わない」。
 生かされた屈辱。
 屈辱の裏側に、安堵。
 安堵は軽い。軽いものほど、戦場では長く残る。残った安堵の上に、薄い誓いが置かれた。声にはしない。骨に書く。
 ――借りは、返す。
 返し方は、刃の向け先で。
 火矢が諦め、檜皮の上で弱った火が雨に溶け切った。煙だけがしぶとく木の隙に残り、焦げの匂いがこの夜を一枚だけ薄く色づけた。嗅ぎ取ったその色を、矢野は胸の底へ沈める。沈めた色が、のちに記憶の端をじわじわと浸食していくだろう。だが今は、足だ。足で道を繋ぎ、肩で雨を受け、目ではなく骨で標を読む。
「退け」
 もう一度だけ言い、小隊を率いて回廊を抜ける。崩れた軒の破片が作った斜めの橋を、足の指で噛むように渡る。足が噛めば、橋は噛み返す。噛み返された感触が、体内の恐怖を遅らせる。遅れが生まれた隙に、息は歩幅に合い、歩幅は標に合い、標は夜に合う。
 背後で、雨が静かに一層薄くなった。薄くなったところで、白の気配が完全に消えたのを、矢野は感じた。感じたというより、消えたあとに残る空洞の形で、それを知った。空洞は、借りの形に似ている。似ているものは、長く忘れられない。
 沖田は、鳥居の脚にそっと自分の指先をあて、濡れた木の冷たさで現在を確かめた。確かめた時間たった一拍。一拍の間に、彼は自分が選んだ「殺さない」をもう一度だけ舌で味わい、味はないと笑って、雨に喉を預けた。嗜虐の舌は、味のないものを覚えない。覚えないものだけが、今夜の正解だ。
 遠く、入江の喉が、低く閉じては開いた。潮の呼吸。呼吸の合間に、ほんのわずか、土の太鼓が鳴る。鳴らしたのは誰でもない。鳴らさない太鼓だ。鳴らさないことが、島じゅうに薄い波紋を引き、波紋の端で、背中と背中が触れ合う。触れ合った者たちは、互いの名を呼ばない。呼ばないほうが、深く繋がる夜がある。
 矢野は、退路の最初の曲がりで立ち止まり、背を一度だけ振り返った。振り返ったが、何も見えない。見えないことの中に、さきほどの線の感触が残っている。頬を切った汗の冷たさ。顎の鎖のような滴。刃ではないものが残した線。線は、のちに言葉になるだろう。まだならないのなら、いまは骨に置いておく。
「ここじゃ似合わない」
 自分の口の中で、彼はもう一度だけ反芻した。雨がそれを外へ押し出す前に、彼はそれを飲み込んだ。飲み込むことで、言葉は血肉に変わる。変わったものは、次の一歩に流れる。
 追えば、死ぬ。
 追わずに、生きる。
 生きるための屈辱は、屈辱ではない。
 そう、彼はやっとのことで思い至った。思い至るのに時間がかかるのは、誇りが邪魔をするからだ。誇りは雨に弱い。雨がそれを薄くする。薄くなった誇りの下で、彼はようやく軽く笑った。自分だけに聞こえる、誰にも見せない笑いだ。
 沖田は、鳥居の根を離れ、斜面の影へ吸い込まれた。黒い合羽の背が一瞬だけ水面のように波打ち、次にはもう、雨しか残っていない。残った雨の音に、彼は耳を澄ます。澄ました耳に、さきほどの槍の柄のざらつきがよみがえる。ざらつきは、礼の側にあった。礼で動く者は生き延びる。生き延びる者は、いつか祟りを受ける。祟りは、記録に残る。記録は、雨に弱い。
 社殿の背の祈りは、さらに短く、輪郭だけになった。輪郭だけが夜を支える。夜は彼らのほうへもう一度だけ傾き、傾いた分だけ、黒い道は広がる。広がった道は、彼と彼の敵をひととき同じ拍に乗せる。乗せられた拍のうえで、刃は降り、降らない。降ろさない一拍が、今夜の核を守った。
 矢野は、標に指を触れ、泥の手を払って歩き出す。背中で兵の息が合い、靴底で雨が潰れ、火矢の名残りの赤はやっと完全に消えた。消えた赤のあとには白も黒もなく、ただ湿りの気配だけが島全体を覆っている。湿りの気配の中で、ひとつだけ乾いたものがある――骨の中の借りだ。借りは、湿らない。湿らないものは、長く残る。
 彼は、それを抱えて歩く。
 名は呼ばれぬ。
 呼ばれないまま、彼は次の曲がりへ、次の標へ、次の雨脚へと身を細くして入り込んでいった。
 夜は、ひとまず彼らを通した。
 通しながら、わずかに微笑した。
 微笑みは、誰にも見えなかったが、雨の糸がほんのすこし緩んだ。緩んだ糸の隙間で、二つの影が別々の方向へ消えるのではなく、同じ方向へ、わずかに角度を違えて消えていく。角度の違いは、いつか交わるための余白だ。余白は、刃より鋭い。鋭さの端で、囁きが反復される。
 ――あなたの死は、ここじゃ似合わない。
 その反復が、島の心臓の皮膚に、薄い傷として、長く、残った。