カタカタという音をBGMに上がっていくジェットコースター。
あの音は逆走防止機能が正常な証だと雑学番組で知ったけれど、妙に緊張を高める効果もあると思う。
最高点に到達するまでのゆるやかな速度やレールの角度、回転数。
すべて緻密な計算の上に成り立っていると冷静に考えたって、ポジティブに挑戦してみようという気持ちはわいてこない。
『今日は、関西で人気テーマパーク、エクラタン神戸から、最新情報をお届けします!』
話題の新エリアオープン! 爽快アトラクションと新作フード!
情報バラエティ番組らしいテロップが表示されたので視聴を継続しているが、鈴ヶ峰が作成してくれた資料があるならチェックの必要がない気もした。
映像だとわかっていれば、世界最恐のアトラクションの動画を見せられても心音は変化しない。
自分が乗っていたなら、途中でストップをかけるか気を失っていそうなジェットコースターでメインMCはリアクション芸を披露している。
エクラタン神戸のテーマはミュージアム。
教科書に載るような有名アートだけでなく、地元出身のクリエイターや人気アニメとのコラボが常設されている。
アニメ映画化もした魔法学園ファンタジー『ヴィーリトルハウス』は、とある呪いで首から上が皆に見えなくなってしまった魔女というニッチな設定にも関わらず、主題歌との相性の良さがバズって大ヒットした。
主人公たちが暮らす学生寮の図書室や食堂を再現した展示は、この秋から登場した新エリアの中でも話題となっている。
美味しそうには見えない色彩感覚のバグったフードを紹介するゲストたちは、ハロウィンを意識した衣装をそれぞれ身に着けている。
10月末までの期間限定で仮装入場も許可される。
携帯品や露出度に制限はかかっているけれど、パーク内は仮装した人たちであふれるのだろう。
ライトアップしてからの園内はまた違う魅力がありそうですねとゲストがにこやかに会話を続ける。
新グッズのステッキやカチューシャ、季節限定のお土産など伝えなければならないことだらけで、MCが私情を挟む余地はほぼない。
キモカワイイ、りんごのおばけフライが入った特製バスケットを欲しがる子どもたちもいるのだろう。
世の中のパパとママは大変だなと思いながら、オレはコーヒーでも淹れてこようと一度、席を立った。
パークには、シースルーゴンドラとライトアップで有名な大観覧車がある。
最高点に着いても揺れず、通常のゴンドラであるなら、エレベーターと同じように落ち着いていられるはずだ。
番組リポーターが乗っていたのは、画面の映えを意識したシースルータイプだった。
わざわざ希望しないのなら、透明ゴンドラにあたる確率はかなり低い。
他の乗り物に比べれば乗っている時間も長いので、暇つぶしにはちょうどよいかもしれなかった。
バスの席順はグループのメンバーでかたまっているので、オレの隣が氷野だったのは必然である。
旅行前日にも関わらず、彼女との通話が長引いて睡眠時間が確保できなかったらしい。
会話をひとつふたつかわした後で、寝入ってしまったので、オレは1日目の日程を確認するくらいしかやることがなかった。
修学旅行のしおりの表紙は観光名所を歩く生徒を描いたシンプルなデザインで、美術部員たちの合作らしい。
美術部に所属している氷野がどこを担当したのかは教えてくれなかったが、何かの賞を取ったこともあったから、描くのは得意なのだろう。
才能の塊みたいな香月舎先輩、部活動で結果を残している氷野。
それに比べると自分の凡庸さが悲しくなってくるが、突出した何かがなければ幸福になれないわけじゃない。
持ち得たもので戦っていくのが人生なので、周りをうらやむ暇があったら、やり方を変えていった方が建設的だ。
窓の外の景色は見慣れないものばかりで、情報が頭の中を駆け巡っていく。
これから向かう展望タワー『アマカゼツインビル』は開放感あふれるランドマークとして話題のスポットだ。
大阪市内を見渡せるパノラマビュー、居心地の良い空中庭園、来場者を飽きさせないエンターテイメント要素も取り入れているので誰でも楽しめるのが魅力とされている。
空や街と調和するデザインの建築物としても有名で、少し探せば映える写真がたくさん見つけられるだろう。
全席窓際確定のカウンターテーブルが話題となったカフェはフォトスポットとして、今もたくさんの人を呼び込んでいる。
ショッピングエリアやシアター、アートの展示など1日では遊びきれない場所だと旅行ガイドでは紹介されていた。
個人的に訪れるのなら、オレだってこのビルの評価に四つ星くらいは入れたはずだ。
団体の観光客向きの撮影スポットでは、フォトプロップスの貸し出しも行なっていた。
クラスの集合写真は窓をバックにした室内で1枚撮ったが、屋上の空中回廊でも1列になって写真を撮ろうと誰かが言い出す。
長縄跳びをイメージしたもの。人数分の風船。
手に持てば確かに思い出となる記念写真が撮れるだろうとオレも思った。
けれど、屋根や窓がなく、風にあおられるオープンタイプの回廊で、オレが平然としていられるわけがない。
皆に混じって前に進むくらいなら緊張感もないが、にこやかにポーズを取りカメラを見つめる余裕なんてどこにもなかった。
SNSにアップされていたイメージ画像なら、予習を兼ねて確認している。
シースルーウォークはかなりのスリルだと警戒していたし、窓向きのカウンターがあるカフェも近づく気はなかった。
分厚いガラス越しのパノラマビューだって、足元がふわふわして、何を喋ったか覚えていない。
有名な建築家による独創的な構造は、いたるところでオレの不安をあおってくれた。
高所に強風という要素がプラスされた時、オレの奥に眠る吊橋体験がよみがえる。
泣きわめく子どもたちの声、ぐちゃぐちゃに乱れる髪。
経験と目の前の光景が混ざり合って、心臓が落ち着かない。
離れていても回廊のどこかに鈴ヶ峰がいて、スマホで呼び出せば必ずここへ来てくれる。
まじないみたいに、ひとりのことを考えている間は少しだけ呼吸が楽になる。
早く撮影が終わってくれたらいいのに、うまく画角が決まらないのか、カメラマン役となった隣の組の生徒から解散の声はかからない。
顔色が悪くなっている自覚はある。
貧血か人に酔ったとごまかしてこの場でしゃがんでしまおうか。
クラス写真に一人が欠けたって文句は出ないだろう。
手を挙げて体調不良を訴えようとした時、よく通る声がオレの名を呼んでくれる。
「埴谷! 安藤先生がお前のこと探してた!」
声を聞いただけなのに、不安に押しつぶされそうだった心が一瞬でリセットされていく。
オレのことだけ気にかけていられるほど、生徒会役員は暇じゃない。
それなのに、イレギュラーな事態に気づき助けてくれるなんて、タイミングがよすぎる。
後でよくない? と言われそうなのに、生徒会役員が呼びに来たならそっちを優先すべきだと皆も思ってくれたようだ。
早く撮れよと声や視線で圧をかけられたカメラマンは、連写しとくなと声をかけて撮影をちょっぱやで終わらせてくれた。
人の間を抜けて、近くまで来てくれた鈴ヶ峰は、オレの顔に冷却タオルを押しつけてくる。
「っわ!?」
「会長が、空中回廊で撮影始まったのを知らせてくれなかったら、下にいた俺は気付けなかった」
「いや、別に鈴ヶ峰は悪くないだろ」
養護教諭と救護班は、熱中症対策の冷感ウェットタオルを常備していると事前説明で言われたのを思い出す。
塩分タブレットや水分補給用ドリンクの配布もあったのだから、気分転換用に携帯していれば良かったと今更悔やむ。
配布されたのは常温のペットボトルだったから、鈴ヶ峰が手渡してくれた冷たいドリンクは購入してくれたものなのだろう。
味のない水やお茶ではなく、抹茶ラテだったのは糖分補給のためかもしれない。あえて、突っ込まなかったオレに鈴ヶ峰は事情を説明してくれた。
「急いでいたから、見た目でお茶と間違えた。よりによって抹茶ラテとか……」
「いや、わざわざ冷たいの、買ってきてくれただけでありがたいし」
学校の渡り廊下なら、四階でもわりと平気だったりする。見慣れた場所なら、オレの高所恐怖症は発動しない。
ドキドキの上書きをしたかったのに、鈴ヶ峰がいてくれると安心して落ち着くなんて、想定とは真逆だ。
「ホントに、助かった。ありがと……」
こいつはオレにときめいたり、動揺したりしてるんだろうか。ちょっとした好奇心から距離を詰める。
身体の一部が触れる程ではなかったのに、わかりやすく鈴ヶ峰が照れて視線を外してしまう。
助けてもらったのに人の恋心をもてあそぶなんてよくない事だ。わかっているのに、明らかに挙動不審になっている相手を試すように言葉で揺さぶりをかける。
「……ね、っ……ちゅーしょ」
ベタベタにベタなラブコメワードが効くのは、世界にこいつだけかもしれない。
着信を知らせるメロディが聞こえても、鈴ヶ峰は不自然に固まっている。
埴谷という名前の響きほど、オレは甘ったるい顔立ちをしていないし、声だって可愛くはない。それなのに、狙ったよりも過剰な反応をしてくれる鈴ヶ峰は、きっと恋は盲目状態なんだろう。
「……対策、役に立つよな」
一方的にいじめてしまったような気持ちになって、オレはさっきの囁きに意味を与えた。
それでラブコメモードは解除のはずなのに、顔が火照って目元が熱い。鈴ヶ峰の瞳は潤んでいるせいか、すごく奇麗でオレたちはそのまま見つめ合う。
その空気を霧散させたのは、鈴ヶ峰に連絡をしてきた相手だった。
「邪魔をする気はなかったんだけどさ。生徒会招集かかっちゃってるんだよね」
「……名瀬会長!」
パペットを動かすように手をパクパクとさせながら、生徒会長は苦笑する。
「埴谷君、悪いけどこいつのコト借りていくね」
ぎゅうと腕に抱きついて、鈴ヶ峰を連れていく会長の行動はいつものことなので気にならない。
フランス人の祖母の特徴を強く受け継いだ華やかな容姿、人を丸め込むのが異常に上手い統率者の資質。
生徒会長・名瀬渉と鈴ヶ峰の幼馴染コンビは、一部の女子に箱推しされている。
二人の関係を邪推してもいいはずなのに、鈴ヶ峰のオレへの好意がわかりやすすぎて疑う余地はなかったし、会長もそのことは容認している風だった。
くっつくな、暑いと押しのける鈴ヶ峰にふざけて寄りかかる会長は、当て馬として登場するにはキャラが濃すぎる。
ピンクの色味が奇麗に入った肩までのブロンド、変顔をしても元がいいと称賛されそうな顔立ちも主役級で学園の王子様的キャラだ。
あの人を見慣れてるのに、オレのどこが良かったんだ?
蓼食う虫も好きずきとか言うからな。
オレを見つめる視線から伝わってくるムズムズするような感覚を思い返す。あれが自分から発生することがあるんだろうか。
わけのわからない熱をもてあます自分を想像して、オレはため息をついた。


