格闘技を少しやっていたことは関係なく、バトルアクション系統の作品は色々視聴してきた。
画面いっぱいの派手な立ち回り、これでもかと用意された大ピンチ。
見せるために演出された役者たちのアクションはフィクションだけど、見ていて爽快感がある。
海外ドラマや実写映画、アニメ作品。
とりあえず話題になったものや、配信サイトのオススメを信じて手当たり次第。
その中から、めちゃくちゃハマってしまったのが『ゾンビと恋とホライズン』、推奨ハッシュタグ#ゾンホラだ。
アニメ放映当時は深夜帯の最速配信を観ながら、みんなの感想をたどって楽しんだ。
原作ラノベやコミカライズ、設定集も書籍で購入済みである。
初回と二話に特別映像を加え、時系列を組み替えた0話というのも存在していると後から知った。
ファン招待の先行上映で観た人がうらやましいが、円盤の発売情報はまだなので期待するしかない。
キャストトークがそれに加わったら、制作陣が喜ぶ数売れるだろう。もちろんオレも予算は確保してある。
みんなの感想とともに最終話まで駆け抜けて、エンディングの途中、喪失感でどうにかなりそうだった。
配信だとオープニングのスキップ必須なはずなのに、オープニングとエンディングも聴きたくなるほど作品への思い入れは深くなってしまった。
考察動画やファンの創作はオレの求める作者のパッションがともなっていない。
推しのキャラたちのイフ世界に興味はあるから、健全とゾーニングされたイラストや小説はこっそり楽しんだ。
けれど、原作者が生み出す心地よい緊張感と疾走感を超えられるわけじゃない。
物足りなくなったオレは、政令都市で開催されるゾンホラアニメの企画展に行くことを決意した。
電車とバスを乗り継いで着いたデパートの9階。
ここまで来れば知り合いもいないだろうとオレは気を抜いていた。
入場特典付きのチケットは、引き換え場所でブラインド配布のアクスタとステッカーを渡してもらえる。
こういう時に願望をあからさまにすると引きが弱くなったりするものだ。
オレはどのキャラが来ても大丈夫と念じながら、中身の見えない袋を開封していくと母親と一緒にいた子どもが大きな声でキャラ名を呼んだ。
「おにーちゃんのアクスタ、富士那じゃん、いいなぁ!」
人気キャラ多めの封入率かどうかなんて調べていない。
オッドアイのクール系美女。
主人公が所属するグループで師匠ポジの富士那は、ゾンホラでも一二を争う人気キャラだ。
戦闘力と探索能力に優れた彼女は、作中の万能キャラである。
ステッカーの方はキャラたちの愛用武器をデフォルメしたもので、こちらは主人公と気が合わないけれど連携技を持つ公式バディの風珠バージョンだった。
両方とも当たり枠で、引きの強さを誇ってもいいのだが、周りの視線は祝福するようなものではない。
だから、ランダム特典とかブラインド商法はダメなんだよと思ったけれど、グッズ交換が現地で可能なら、最推しに変えたい気持ちもあった。
交換タグを投稿する前に写真を撮ろう。人を写さずにすむ場所を探していたオレは、同じことを考えてカメラをかまえている人を見つけた。
帽子を深くかぶっているから、髪型は見えないけれど背の高さや体型がなんとなく、うちの学校の先輩に似ている。
いや、まさかな。
そうっと横顔をのぞきこんだオレは、その人が3年の香月舎先輩であると確信して、変な声が出てしまう。
「か、香月舎先輩?」
びっくりしてスマホは落としたくせに、アクスタをしっかり保護した先輩は、オレの顔をマジマジと見つめてくる。
長いまつ毛、好奇心旺盛な猫みたいな瞳。キレイとカッコいいが絶妙に調和した2・5次元顔がそこにある。
野球チームのロゴが入ったキャップは似合ってないのに、等身の高さだけ強調されていた。
「埴谷君、だったっけ? 一年の時、部活見学に来てたよね?」
香月舎先輩はアナログゲーム部の部長である。
「親切に説明してもらったのに、あの時は結局お断りして、すみませんでした」
「あ、いや、別にいいって。見に来ただけで絶対入部とか、この時代ないデショ」
スマホの無事を確かめてから、軽くホコリをはらうという何気ない動作も180センチ越えモデル体型がやると様になる。
帽子で隠している長い髪や淡い紫の瞳が注目を集めているけれど、その両方が見えなくても先輩は住む次元が一般人とは違う。
オレが獲得した入場特典を凝視して、先輩は苦笑する。
「富士那と風珠とか、ヒキ強っ。ボクは恋夜に愛されすぎちゃってアクスタ2個目だしぃ」
「先輩、ここ2回目なんですか?」
「い、いやぁ、ちょっとはりきっちゃって特典付きチケットまとめて買ったんで、今日は3回目」
「3回? あ、じゃあもしかしてキャラかぶりとかしてます? オレ、できたらリンデが欲しいんで、可能なら交換とかお願いできませんか?」
「キミ、リンデン推しなの? 途中加入組だし、声優さんのイメージで裏切りそうとか言われてるのに?」
「オレ、原作最新巻まで持ってますし、ネット投稿分までチェックしてます。ゾンホラのアクションで一番熱いのは、絶対リンデのバトルだと思ってるんで!」
「……わかりみがふかい。いいよね、リンデン。トアルチとのガチバトル、あそこの作画だけ異常によかったわぁ」
ちなみにリンデンの本当の名前は、リンデ・イーゴールなので、愛着をこめた呼び名だけでわかっている人間だと判別できる。
「さっき3回目って言っちゃったけど、特典のアクスタはかぶったら交換してコンプできるし、通常の来場特典週ごとに変わるし種類あるから……実は4回目なんだよね。ちなみに富士那は来てくれない」
「リンデン持ってるなら、交換よろしくお願いします」
同じアニメをこよなく愛する香月舎先輩との交流はここからはじまった。
長い髪を編んだり結ったり下ろしたりとパターンがいくつもあるのは、2個下の妹さんによるものらしい。
ゾンホラコラボカフェに、オレと香月舎兄妹で行った時、連絡先も一応交換してくれた。
先輩の趣味には理解があるようで、別の作品の応援上映でも事前学習の成果を見せてくれた。
彼女がいてくれたら、ちょっと入りにくい女性客多めの店にも入りやすいし、3人なら先輩との親密さをあやしまれないので、とても助かっている。
缶コーヒーに貼ってあったシリアルコードをスマホで撮り、ポイントを貯めながら先輩が聞いてくる。
「そういやさ、修学旅行で1組の男子に公開告白する計画があるらしーよね。キミのクラスでしょ?」
「どこからの情報なんですか? うちのクラスではそんなこと全然!」
リスコンでのリアルタイム配信、アニメ最新話のチェックと考察動画の編集その他。
部長としても忙しい先輩がどうやって学年首位を保ってるのか不思議で仕方ない。
その上、あらゆる情報に通じているので、ゲームマスターという下級生からの呼び名はぴったりだと思う。
「噂じゃ、告白する側も男子なんだって。先生たちは阻止するために対策を考えてるみたいだね。公開告白が許されるのは創作の中だけだもん」
「先輩は、誰が誰にってとこまで突き止めてますよね」
「いやいや、ヒトの恋路を邪魔するつもりはないからね。あ、そうだ。キミに彼氏ができたって聞いたけど」
「マジで先輩、何でも知ってますよね。彼氏じゃなくて、オレにドキドキをくれるかもしれない人材です」
「ドキドキは、もっとすごいドキドキで相殺するんだよ! 要はときめきの上書きで、高所恐怖症を克服しようってこと?」
理解力がカンストしている先輩との会話には解説なんて必要ない。セリフの抑揚も完璧で気持ちがいいくらいだ。
漫画ならこの人、絶対チートスキル持ちだろう。
「はい、それです」
「埴谷君、ああいう忠犬っぽいのがいいんだ」
「向こうから来てくれたんで、即決でしたね」
「あ~、行きたかったなぁキミたちとの修学旅行」
「三年生は普通に授業ですよね」
「モダモダしながら仲良くなるキミたちを見守っていたかったのに」
「二泊三日でモダモダやってたら、オレの問題が解決しませんよ」
スピード感あふれるアニメや映画では、恋愛パートが圧縮されることも多い。
危険な場面を共に乗り越えた先で結ばれる二人は、吊橋効果の最たるものだ。
「ボクに聞かなくていいの? 彼氏の評判とか過去のこととか……」
「ここの学校の生徒会って、先生たちからも信頼されるし不安はないです。香月舎先輩から色々聞いちゃうと逆に猜疑心強くなりそうじゃないですか」
「2年1組のハニーちゃんは難攻不落って、他校の生徒にも言われてたのにね」
「ゾワゾワするんで、その呼び名やめてください」
名字が埴谷で、目の色がヘーゼルに近いからというだけで、ハニー呼びはやめてもらいたい。
同じように不思議な瞳の色をしている香月舎先輩には、かわいい系の呼び名はついてないから、誰に対しても遠慮してくれたらいいのにとオレは思う。
「ところで先輩、エラーリオスタのポップアップストアの詳細わかりました?」
「公式サイトの更新遅いんだよね。グッズ情報アカウントも続報ないし……。修学旅行と開催時期がかぶるからできたらお願いしたかったんだけどね」
「スマホの使用は禁止されてないので、当日朝までに連絡くれたら間に合いますよ。あのエリアでの自由時間長いので」
「思い出作りがメインなんだから、ボクの頼みは後回しでいいからね。あ、そういえば展望タワーでグラドアコラボ展開してるみたい。ゾンホラだったら、埴谷君も気が紛れてよかったんじゃないかな」
「どうでしょうね。ああいうのって、窓に近いとこに展示したり柱周り使ったりしてません?」
「え、あれ? それでもダメなら清水寺もヤバくない?」
「え?」
「あそこも高さあるよ、まあ覗きこまなければ平気かもしれないけど」
「え……」
確認しておこうかとスマホを取り出すと着信通知が入っていた。
打ち合わせのために待ち合わせをしている鈴ケ峰からだ。
『香月舎先輩と仲いいの?』
並んだ文字列に独占欲がにじみ出ている気がして、オレは苦笑する。返信する前に反省した風なクマのスタンプがぴこんと届く。
『悪い。人がいやがることしないって、俺が言ったのに』
そういう彼氏っぽいリアクションは、こちらが求めていたものだ。これから修学旅行に向けて、オレの好感度を爆上げしてほしい。
ひらがな多めのテキストも何だかあわてた感じが伝わって悪くなかった。
「スマホがいちゃいちゃツールだなんて、知らなかったデスヨ」
にやにやしながら、からかってくる香月舎先輩にオレは語尾にハートをつけるつもりでのろけてみせた。
「花丸なんですよ。オレの彼氏」


