ピピピーッ!
耳ざわりな警告音が注意を促す。
【ひとが嫌がることをしてはいけません】
相手の立場になって考えましょう。
コミュニケーションの素地として、嫌というほど叩き込まれた世代の叔父・孝哉さんは、親戚の中ではオレと年が近い方だった。
地域的にそうなのか、家庭的にそうだったのかわからないけれど、母親側の親族は男女関係なくイベント好きで、大分の実家に集まった時は大人たちの方が騒いでいた記憶がある。
近くの温泉旅館に一泊した帰り、悪天候にもかかわらず、大吊橋に行こうと言い出したのは誰だったんだろう。
びゅうびゅうと吹きすさぶ強風。
白い雪も舞い始めて、従兄弟たちも車に戻りたいと文句を言っていた。
それなのにせっかく来たのだから目的を達成しようと熱く語った孝哉さんのせいで、皆の気持ちが固まってしまった。
吊橋の前、笑顔で撮らされた集合写真。
その後、親戚一同で渡り始めた吊橋の高度と揺れは想像以上で、オレはその日を境に高いところが苦手になった。
しっかりした造りの橋とはいえ、足元は金網から所々透けて見えたし、道幅も狭かった。
オレより年下の従兄弟は泣き叫び、つられて他の子どもたちも悲鳴をあげていた。
そんじょそこらのアトラクションより、恐ろしかった魔の吊橋には、あれから一度も行ってはいない。
「埴谷〜、旅行もうすぐだよなぁ」
すわり心地はまったくよろしくない椅子の脚を床から浮かせて、氷野が後ろの席のオレに話しかけてきた。
ぬるっとした、アスファルトにとけたアイスのような喋り方は、夏でも冬でも変わらない。
入学後の最初の席替えで隣になったこいつとのゆる~い友達付き合いは、とても気楽で性に合っている。
先月、氷野に彼女ができてからは休みに出かける回数と通話時間が減ったけど、こいつが楽しいのなら別に文句はなかった。
教室の大型モニターには、修学旅行の日程表が表示されたままだった。
オレたちのタブレットにも共有されていた情報なので、事前にオレもチェックはしていた。
絶叫アトラクションが有名なテーマパーク、展望台のあるタワー。
関西方面の旅行日程に組み込む候補地なら他にもあったはずなのだが、他校との兼ね合いや消去法でこうなってしまったのだろう。
自分たちで行き先を選択するフリーな修学旅行で、去年は色々あったらしい。
その後輩である2年生の俺たちにも影響は甚大だった。
調子に乗って、高価な展示物を破損したり、食べ歩きで迷子になったり。
集団行動を乱しまくった先輩たちを呪ってやりたくなる。
教室から出て廊下の窓から空を眺めるのは気持ちいい。
ここは3階だから、窓から身を乗り出したりしない限りは足が震えることもない。
丘の上に立った学校の高度は、県道沿いのマンション高層階より上なのに不思議なことだ。
やはり高所恐怖症なんて脳が起こすバグなんだろう。
だったら吊橋効果で相殺するのは理にかなっている。
『高所恐怖症って言うけど、エレベーターとか平気そうだし、車で橋を通行するのは大丈夫なんでしょ?』
タワーや吊り橋じゃなければ問題ないと思われがちだが、個人差があると思う。
俺の場合は慣れた道以外の都市高速や透明タイプのエレベーターもダメで、高層階に住む友達の家でも下は見ない。
どこからどこまで耐えられるのか確認していないけれど、日本で◯番目に高い建物とかは基本的に登りたくないし、テーマパークは映像系だけ楽しんでいる。
このクラスや旅行中のグループのやつらは、オレの嫌がることを強要しないとは思う。
だけど、今まで高所恐怖症のことを公言してきたわけでもない。
できるなら皆から奇異の目で見られることなく、この学年を終了したいというのがオレの本心だ。
とはいえ、今さら高所耐久訓練なんかしたくないし時間もあまりない。
だったら、他へ意識を向ければ恐怖心が薄らぐという画期的な対抗策を見つけてしまった。
『ドキドキは、もっとすごいドキドキで相殺するんだよ!』
怖がりの男子がゾンビの出現した世界で結晶体のヒロインを守るというライトノベル原作のアニメ『ゾンビと恋とホライゾン』は、オレに大切なことを教えてくれた。
同時期の覇権アニメがすごすぎたせいで、作画的には紙芝居だと酷評されていたけれど、キャラクターを演じる声優たちの熱量と王道のサバイバルラブストーリーが愛されて、2期制作は早々に決定した人気作だ。
高所に自分がいるという不安と恐怖に打ち克つには、それよりも関心が高い存在を用意すればいい。
強い興味を抱く対象=好きな人。
この方程式が頭に浮かんだ時、オレは今回の修学旅行を無難に終わらせる自分の姿がイメージできた。
というわけで、オレは修学旅行までに同級生の中から好きなやつを見繕わなければならない。
できれば同じクラスのやつがいいだろう。
何かと集合することが多いから、ヤバい場面で近くにいないと意味がないのだ。
特に面食いということもないが、他のクラスからうらやましがられる程度には、うちのクラスには男女ともにモテそうなやつが多い。
彼氏彼女がいる人間を除外して、片思い中だとわかってるやつも外していけば、残る人数も減ってくる。
好きになっても問題のないクラスメイトから、目をつぶって適当に選出すればいい。
安易な考えでいたのに、オレの作戦を読んでいたかのようなタイミングで、いきなり呼び止められて告られる。自販機が設置されたスペースは誰もいなくて、オレたちのために貸切られたみたいに思えた。
「俺は2組の鈴ヶ峰悠成。突然だけど埴谷のこと好きなんだ。よかったら俺のこと、もっと知ってもらいたいい」
修学旅行のようなイベントを経て、付き合い始める2人は多い。
誰かにアプローチされる前に先手を打ったつもりだろうが、オレがいいなんて言う物好きはいないから、単にこいつが早まっただけである。
年上や年下なら、条件に合わないので即お断りだが、同級生なら話は別だ。
クラスは違うが、2組の生徒なら全体集合でもそう離れることはない。
向こうから近寄ってくれて、好意を持ってくれる。
ここまで都合の良い相手はなかなかいないだろう。
「鈴ヶ峰っていきなりベタベタしたきたり、なんか変な恋人ルールとかオレに押しつけたりするのか?」
「え? いや、自分がされたくないことを好きな人に強いるとかありえないだろ。常識的な許容範囲は、心得てるつもりだけど」
時代に合わせた配慮を感じさせる論理的な答えは花丸だった。
付け加えるなら、鈴ヶ峰は生徒会役員で教職員からの信頼も厚い。
これほどの好条件がそろうこともないだろう。
同性ということだって、恋愛対象がどのあたりかさえ未確定なオレにとっては問題にはならない。
妥協ではなく、好機に飛び込むつもりでこの男に惚れてみてもよさそうだった。
178センチあるオレとは目視で2センチくらいしか変わらないのに、骨格が違うから鈴ヶ峰の方がガッシリして見える。
好みは人それぞれだけど、甘ったるい系の顔なのに表情が常に険しいところが、不器用かわいいと言えないこともない。
人前で喋る機会が多いせいか声がよく通っていて、誠実な印象なのも花丸だった。
ざっくりとした評価でも、基礎得点をクリアしたこいつに仮想恋愛するのはそう難しくない気がした。
懇談会でもよく言われるが、オレはわりと楽観的な方である。
「じゃあ、いいか。よろしくな」
「あ、え? それって近づいてもいいってこと?」
配慮、配慮と言われる現代では、ささやかな接触にも合意をもぎ取らなければ罪となる。
「そうだな。とりあえず、オレはお前のこと何気なく観察させてもらうわ」
堂々と宣言したオレに、鈴ヶ峰は不思議そうな顔をする。
「これまで接点とかなかったし、鈴ヶ峰のこと知らなきゃ、何の感情もわかないだろ」
「ああ、なるほど」
納得した風な反応をしたくせに、疑問だらけの視線がうるさい。
悪いやつじゃなさそうだし、協力してもらった方が早いとオレは修学旅行での計画をさくっと打ち明けた。
「……俺が告白しなかったら、適当に相手を決めてたってこと?」
「まあ、そうだな。修学旅行中だけ、なんとかクリアできればいいから、そいつに告るとかはないけどな」
鈴ヶ峰は、はあとため息をついてオレの顔をじっと見る。
「危機管理って知ってる? 相手が調子に乗って迫ってきたり、付け狙われたりしたら、どう対処する気だった?」
「小1から中3までは柔術道場行ってたし、捜査官ダッド・アーチャー観てるからわりと実戦行けると思う」
違法捜査でバイオレンスに事件を解決に導くダッド・アーチャーシリーズをうちの家族はシーズン4まで追っかけて見ている。目つぶしのポーズを真似てみたら、鈴ヶ峰はうなだれた。
「いや、無理だろ?」
「そうか?」
「今から、埴谷に俺から触れてもいいか? 試しに押さえ込んでも反撃できるんだろ?」
シャツのボタンをいくつか外して、動きやすくしていく鈴ヶ峰は本気らしい。
「ボールペンぶっ刺したり、椅子で殴るんだぞ、アーチャーは! お前にそこまでやりたくないよ!」
組手みたいなものとはいえ、格闘技経験者のオレはそれなりに動けてしまう。
反射的に痛めつけてしまうのは避けたかった。
「埴谷って、ガードが硬いんだがゆるいんだか、わからないよな」
苦笑したこいつがオレを見る眼差しは、ホントに恋をしてるんだなと確証させる。
お手軽にやらしいことしたいだけとか、からかっているだけとは絶対に違う。
「勝ってカブトの緒をしめよっていうじゃん」
「いや、それ使い方違うって」
困ったような顔をしてるのに、なんとなくうれしそうなのはこいつがオレを特別に思っているからだ。
どこで好意を持たれたのかわからないが、恋なんて脳の勘違いのひとつだからランダム発生がデフォルトだ。
「……生徒会に無記名の投書があった。修学旅行は合同授業での枠組みをなくして、全クラスが交流できるようにしてほしいって」
鈴ヶ峰はオレの反応をうかがっている。
「修学旅行みたいに共通の体験をする場では恋が芽生えやすいという統計がある。だから、もしかしたら埴谷狙いのやつがいるかもって、少しあせった」
「いや、オレとは関係ないだろ。多分っていうか確実に違うし」
あまりにも、恋は盲目みたいなこと言うから笑ってしまう。
つられて笑ってくれたら、表情が変わるところも見られたのに、鈴ヶ峰は神妙な顔を崩さない。
アニメだったら、この政府の犬がとか言われるタイプだ。
「俺は機転も利かない、判断能力に秀でているわけでもない。だから、大切なものを守るためには慎重になる」
特に変わったところのないブレザーなのに、とある魔法学園アニメの士官服にそっくりだと言われている制服がよく似合う。
直感を信じすぎるのは良くないが、たぶん人選は間違っていない。
鈴ヶ峰は、オレが全然大切にしていない恐怖心をかっさらってくれる。
心を盗んでいく有名な怪盗を思い浮かべて、可憐なヒロインみたいに笑ってみせた。
耳ざわりな警告音が注意を促す。
【ひとが嫌がることをしてはいけません】
相手の立場になって考えましょう。
コミュニケーションの素地として、嫌というほど叩き込まれた世代の叔父・孝哉さんは、親戚の中ではオレと年が近い方だった。
地域的にそうなのか、家庭的にそうだったのかわからないけれど、母親側の親族は男女関係なくイベント好きで、大分の実家に集まった時は大人たちの方が騒いでいた記憶がある。
近くの温泉旅館に一泊した帰り、悪天候にもかかわらず、大吊橋に行こうと言い出したのは誰だったんだろう。
びゅうびゅうと吹きすさぶ強風。
白い雪も舞い始めて、従兄弟たちも車に戻りたいと文句を言っていた。
それなのにせっかく来たのだから目的を達成しようと熱く語った孝哉さんのせいで、皆の気持ちが固まってしまった。
吊橋の前、笑顔で撮らされた集合写真。
その後、親戚一同で渡り始めた吊橋の高度と揺れは想像以上で、オレはその日を境に高いところが苦手になった。
しっかりした造りの橋とはいえ、足元は金網から所々透けて見えたし、道幅も狭かった。
オレより年下の従兄弟は泣き叫び、つられて他の子どもたちも悲鳴をあげていた。
そんじょそこらのアトラクションより、恐ろしかった魔の吊橋には、あれから一度も行ってはいない。
「埴谷〜、旅行もうすぐだよなぁ」
すわり心地はまったくよろしくない椅子の脚を床から浮かせて、氷野が後ろの席のオレに話しかけてきた。
ぬるっとした、アスファルトにとけたアイスのような喋り方は、夏でも冬でも変わらない。
入学後の最初の席替えで隣になったこいつとのゆる~い友達付き合いは、とても気楽で性に合っている。
先月、氷野に彼女ができてからは休みに出かける回数と通話時間が減ったけど、こいつが楽しいのなら別に文句はなかった。
教室の大型モニターには、修学旅行の日程表が表示されたままだった。
オレたちのタブレットにも共有されていた情報なので、事前にオレもチェックはしていた。
絶叫アトラクションが有名なテーマパーク、展望台のあるタワー。
関西方面の旅行日程に組み込む候補地なら他にもあったはずなのだが、他校との兼ね合いや消去法でこうなってしまったのだろう。
自分たちで行き先を選択するフリーな修学旅行で、去年は色々あったらしい。
その後輩である2年生の俺たちにも影響は甚大だった。
調子に乗って、高価な展示物を破損したり、食べ歩きで迷子になったり。
集団行動を乱しまくった先輩たちを呪ってやりたくなる。
教室から出て廊下の窓から空を眺めるのは気持ちいい。
ここは3階だから、窓から身を乗り出したりしない限りは足が震えることもない。
丘の上に立った学校の高度は、県道沿いのマンション高層階より上なのに不思議なことだ。
やはり高所恐怖症なんて脳が起こすバグなんだろう。
だったら吊橋効果で相殺するのは理にかなっている。
『高所恐怖症って言うけど、エレベーターとか平気そうだし、車で橋を通行するのは大丈夫なんでしょ?』
タワーや吊り橋じゃなければ問題ないと思われがちだが、個人差があると思う。
俺の場合は慣れた道以外の都市高速や透明タイプのエレベーターもダメで、高層階に住む友達の家でも下は見ない。
どこからどこまで耐えられるのか確認していないけれど、日本で◯番目に高い建物とかは基本的に登りたくないし、テーマパークは映像系だけ楽しんでいる。
このクラスや旅行中のグループのやつらは、オレの嫌がることを強要しないとは思う。
だけど、今まで高所恐怖症のことを公言してきたわけでもない。
できるなら皆から奇異の目で見られることなく、この学年を終了したいというのがオレの本心だ。
とはいえ、今さら高所耐久訓練なんかしたくないし時間もあまりない。
だったら、他へ意識を向ければ恐怖心が薄らぐという画期的な対抗策を見つけてしまった。
『ドキドキは、もっとすごいドキドキで相殺するんだよ!』
怖がりの男子がゾンビの出現した世界で結晶体のヒロインを守るというライトノベル原作のアニメ『ゾンビと恋とホライゾン』は、オレに大切なことを教えてくれた。
同時期の覇権アニメがすごすぎたせいで、作画的には紙芝居だと酷評されていたけれど、キャラクターを演じる声優たちの熱量と王道のサバイバルラブストーリーが愛されて、2期制作は早々に決定した人気作だ。
高所に自分がいるという不安と恐怖に打ち克つには、それよりも関心が高い存在を用意すればいい。
強い興味を抱く対象=好きな人。
この方程式が頭に浮かんだ時、オレは今回の修学旅行を無難に終わらせる自分の姿がイメージできた。
というわけで、オレは修学旅行までに同級生の中から好きなやつを見繕わなければならない。
できれば同じクラスのやつがいいだろう。
何かと集合することが多いから、ヤバい場面で近くにいないと意味がないのだ。
特に面食いということもないが、他のクラスからうらやましがられる程度には、うちのクラスには男女ともにモテそうなやつが多い。
彼氏彼女がいる人間を除外して、片思い中だとわかってるやつも外していけば、残る人数も減ってくる。
好きになっても問題のないクラスメイトから、目をつぶって適当に選出すればいい。
安易な考えでいたのに、オレの作戦を読んでいたかのようなタイミングで、いきなり呼び止められて告られる。自販機が設置されたスペースは誰もいなくて、オレたちのために貸切られたみたいに思えた。
「俺は2組の鈴ヶ峰悠成。突然だけど埴谷のこと好きなんだ。よかったら俺のこと、もっと知ってもらいたいい」
修学旅行のようなイベントを経て、付き合い始める2人は多い。
誰かにアプローチされる前に先手を打ったつもりだろうが、オレがいいなんて言う物好きはいないから、単にこいつが早まっただけである。
年上や年下なら、条件に合わないので即お断りだが、同級生なら話は別だ。
クラスは違うが、2組の生徒なら全体集合でもそう離れることはない。
向こうから近寄ってくれて、好意を持ってくれる。
ここまで都合の良い相手はなかなかいないだろう。
「鈴ヶ峰っていきなりベタベタしたきたり、なんか変な恋人ルールとかオレに押しつけたりするのか?」
「え? いや、自分がされたくないことを好きな人に強いるとかありえないだろ。常識的な許容範囲は、心得てるつもりだけど」
時代に合わせた配慮を感じさせる論理的な答えは花丸だった。
付け加えるなら、鈴ヶ峰は生徒会役員で教職員からの信頼も厚い。
これほどの好条件がそろうこともないだろう。
同性ということだって、恋愛対象がどのあたりかさえ未確定なオレにとっては問題にはならない。
妥協ではなく、好機に飛び込むつもりでこの男に惚れてみてもよさそうだった。
178センチあるオレとは目視で2センチくらいしか変わらないのに、骨格が違うから鈴ヶ峰の方がガッシリして見える。
好みは人それぞれだけど、甘ったるい系の顔なのに表情が常に険しいところが、不器用かわいいと言えないこともない。
人前で喋る機会が多いせいか声がよく通っていて、誠実な印象なのも花丸だった。
ざっくりとした評価でも、基礎得点をクリアしたこいつに仮想恋愛するのはそう難しくない気がした。
懇談会でもよく言われるが、オレはわりと楽観的な方である。
「じゃあ、いいか。よろしくな」
「あ、え? それって近づいてもいいってこと?」
配慮、配慮と言われる現代では、ささやかな接触にも合意をもぎ取らなければ罪となる。
「そうだな。とりあえず、オレはお前のこと何気なく観察させてもらうわ」
堂々と宣言したオレに、鈴ヶ峰は不思議そうな顔をする。
「これまで接点とかなかったし、鈴ヶ峰のこと知らなきゃ、何の感情もわかないだろ」
「ああ、なるほど」
納得した風な反応をしたくせに、疑問だらけの視線がうるさい。
悪いやつじゃなさそうだし、協力してもらった方が早いとオレは修学旅行での計画をさくっと打ち明けた。
「……俺が告白しなかったら、適当に相手を決めてたってこと?」
「まあ、そうだな。修学旅行中だけ、なんとかクリアできればいいから、そいつに告るとかはないけどな」
鈴ヶ峰は、はあとため息をついてオレの顔をじっと見る。
「危機管理って知ってる? 相手が調子に乗って迫ってきたり、付け狙われたりしたら、どう対処する気だった?」
「小1から中3までは柔術道場行ってたし、捜査官ダッド・アーチャー観てるからわりと実戦行けると思う」
違法捜査でバイオレンスに事件を解決に導くダッド・アーチャーシリーズをうちの家族はシーズン4まで追っかけて見ている。目つぶしのポーズを真似てみたら、鈴ヶ峰はうなだれた。
「いや、無理だろ?」
「そうか?」
「今から、埴谷に俺から触れてもいいか? 試しに押さえ込んでも反撃できるんだろ?」
シャツのボタンをいくつか外して、動きやすくしていく鈴ヶ峰は本気らしい。
「ボールペンぶっ刺したり、椅子で殴るんだぞ、アーチャーは! お前にそこまでやりたくないよ!」
組手みたいなものとはいえ、格闘技経験者のオレはそれなりに動けてしまう。
反射的に痛めつけてしまうのは避けたかった。
「埴谷って、ガードが硬いんだがゆるいんだか、わからないよな」
苦笑したこいつがオレを見る眼差しは、ホントに恋をしてるんだなと確証させる。
お手軽にやらしいことしたいだけとか、からかっているだけとは絶対に違う。
「勝ってカブトの緒をしめよっていうじゃん」
「いや、それ使い方違うって」
困ったような顔をしてるのに、なんとなくうれしそうなのはこいつがオレを特別に思っているからだ。
どこで好意を持たれたのかわからないが、恋なんて脳の勘違いのひとつだからランダム発生がデフォルトだ。
「……生徒会に無記名の投書があった。修学旅行は合同授業での枠組みをなくして、全クラスが交流できるようにしてほしいって」
鈴ヶ峰はオレの反応をうかがっている。
「修学旅行みたいに共通の体験をする場では恋が芽生えやすいという統計がある。だから、もしかしたら埴谷狙いのやつがいるかもって、少しあせった」
「いや、オレとは関係ないだろ。多分っていうか確実に違うし」
あまりにも、恋は盲目みたいなこと言うから笑ってしまう。
つられて笑ってくれたら、表情が変わるところも見られたのに、鈴ヶ峰は神妙な顔を崩さない。
アニメだったら、この政府の犬がとか言われるタイプだ。
「俺は機転も利かない、判断能力に秀でているわけでもない。だから、大切なものを守るためには慎重になる」
特に変わったところのないブレザーなのに、とある魔法学園アニメの士官服にそっくりだと言われている制服がよく似合う。
直感を信じすぎるのは良くないが、たぶん人選は間違っていない。
鈴ヶ峰は、オレが全然大切にしていない恐怖心をかっさらってくれる。
心を盗んでいく有名な怪盗を思い浮かべて、可憐なヒロインみたいに笑ってみせた。


