放課後の美術室は、鉛筆の粉と洗い立ての筆の匂いが混ざっていた。
 プロレスラーみたいな風貌の美術部顧問・北川先生が黒板を指で叩きながら美術部員に告げたのは、僕にとっては残酷なものだった。
 
「今年の全国高校美術展のテーマ、決まったぞ。肖像画だ。みんな、ちゃんと“人間”を描いてこいよ?特に、露木。お前な」
 
 美術室に笑いが広がる。僕は笑っているふりをしながら、胃の奥にじわりと重みを感じていた。
 苦手だからだ、人を描くのは。静物や風景ならまだ形になるけど、モデルが必要な肖像画なんて……。
 
 部活終わり、悶々としながら雑巾で机を拭いていると、今朝のことを思い出した。アメリが「たまには人も描けば?」と、何でもないような顔で言ったその一言が、妙に胸に引っかかってしまった。

 けれど確かに……アメリなら絵になるだろうな、と思う。もし全身を書いたとしても、スタイルは間違いなくいい。それに僕が高校に上がってから周囲によく言われるのは「お前にあんな素敵な幼馴染がいるのは世界のバグ」といった罵声であることを考慮するに、アメリは客観的にみても“可愛い”んだと思う。
 ただ、僕は彼女の顔をはっきりと見たことがない。
 その理由はわかっている────眩しすぎるのだ。まるで太陽みたいな彼女を直視したのなら、僕はきっと自分の陰っぷりに嫌気がさして全てを投げ打ってしまいそうで……怖いのだと思う。

「どうしようもなくなったら……アメリに頼んでみようか……」

 窓の外では、遠くの校庭をかすめるように小雨が降り始めている。湿った空気が肌にまとわりつき、絵具のにおいが一層濃く感じられた。掃除を終えて道具を片付け、僕は鞄を肩にかけて廊下に出た。

 昇降口へ向かう途中、窓から見える空はどんよりとした灰色。梅雨入りしたのだなと僕にもわかった。外の光はくすみ、景色全体が水に沈んだように見えたからだ。

「やっぱモデルはチギリ叔父さんにしとくか……あぁぁ、でもなぁぁぁ……はぁぁぁ…………」

 傘立ての前で足を止め、大きく息を吐く。ため息が自分でも驚くほど深く、湿った空気に溶けていった。
 
「世界の終わりみたい」
 
 不意にかけられた声……それは、イタズラをしてほくそ笑む子猫みたいな”ゆらぎ“だった。
 僕はそっと顔を上げる。

「ため息。心配になっちゃった」

 そこにいたのは、時雨マドカだった。
 長い黒髪は肩から胸元へさらりと流れ、まるで魔法をかけるかのように傘立てにさしてある傘の柄を人差し指で触れている。その取っ手には、細くて黒いリボンが結ばれていた。
 いかにアメリの親友とはいえ、彼女とはクラスも違うから話す機会どころか、こうして至近距離にくることすらなかった。
 だから正直……僕はフリーズした。

「あ……あうあぅあ……」
「露木くん。だよね?」
「へ……あ、は、はい!そうです、ロキです!」
「アメリと仲良いなぁって思ってたんだ。同じ中学?」
「あぁ……アメリはその、幼馴染で」
「そうだったんだ。ごめんね、知らなくて。アメリが何も言わないからさぁ」

 マドカさんは小さくうんうんと頷き、目元に柔和な笑みを浮かべた。
 
 ────お月様みたいだ。
 
 彼女の微笑みに、僕は砂漠の夜に浮かぶ青い月を思い浮かべていた。
 サハラ砂漠などいったことはないけれど、日中の熱砂にあっては、夜の涼しげな風を呼ぶ月はきっと救いそのものだろう。
 マドカさんのこのやわらかな輝きなら、僕みたいな“陰”も消されることもない。怖くない。
 やっぱりそうだ。彼女をはじめてみた時に感じた”予感”は本物だったんだ。
 僕はきっと彼女に────

 そのとき、昇降口の扉が乱暴に開き、制服を着崩した男子生徒たちが数人、ぞろぞろと入ってきた。笑い声がやけに大きく響く。
 マドカさんが視線をそらし、小さく声を落とす。
 
「うわ、まずいよ……ね、傘取って」
「え?」
「あの人たち、誰の傘でもお構いなく持っていくから。自分の傘を守らないと。ね、だから早く」

 促されるまま、僕は慌てて傘立てから一番近くにあった傘を掴んだ。
 ────それが誰の傘かなど、この時は考えもしなかった。

「えっと、僕はこれで……失礼します」
「それじゃあね、露木くん。またね」
「あ、うん……えっと、またね……」

 マドカと短く会釈を交わし、外に出る。
 灰色の空から細かな雨が降り注ぎ、傘を開くと、薄いビニールに当たる水音が静かに耳を満たした。
 振り向きたい。けど振り向けない。
 僕は未練が届かぬ距離まで離れようと大股で歩いた。ただただ無心で、一歩ごとに上がる心拍数を数えながらひたすらに歩いた。そして、気づけばもう家の玄関前にいた。
 ────ようやく、僕は振り返った。

「マドカさんと……話してしまった……ははっ……どうしよう」

 観客であるはずの僕が、いらぬ色気を出したせいか。
 雨がどっと勢いを増した。
 僕はそれでも家に入らない。というより入れない。雨音がこの胸の高鳴りを、薄めてくれるまでは。

 
 *

 
 翌朝は、目が覚めたときから雨の音がしていた。
 土曜日の昼下がりだ。昨夜は胸が高鳴ってしまい、結局床に就いたのが深夜3時を過ぎたあたりだった。おかげで今頃になってのっそりと起床したわけである。
 しとしとと降り続く細い雨が、庭の植木を黒く濡らし、アスファルトの上に小さな水たまりをいくつも作っている。両親も妹も僕を置いて出かけているようで、家の中は静まり返っていて薄暗いままだ。

 僕は寝ぼけ眼を擦りながら一階に降り、玄関の傘立てに目をやった。
 あんなこと……マドカさんと話す機会なんてもう二度とないとは思うのだが、傘を見るとやはり思い出してしまう。
 ダメだダメだ。観客のくせに勘違いしてはいけない。
 僕は(かぶり)を振って邪念を払った……が、指先はすでに反乱分子に占拠されていたようだ。気づけば傘に手が伸びていた。傘の持ち手に手が触れ、ひんやりとした感触が僕の脳に伝わる────そのときだった。

 携帯が震えた。
 ポケットから取り出したスマホの画面には、見慣れない表示が浮かんでいた。
 

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【傘ゆら実行委員会】傘ゆら参加のお知らせ
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「なにこれ…………傘ゆら?」

 眉をひそめて画面をタップすると、一本の傘に言の葉が雨粒のように降り注ぐアニメーションが映ったあと、文章がすらすらと表示された。

 
┈┈┈┈┈┈┈┈┈⿻*.· ┈┈┈┈┈┈┈┈┈⿻*.·
 傘を間違えて持ち帰りましたね?
 おめでとうございます!あなたは本年度「傘ゆら」に選ばれました!
 今後、梅雨明けまで傘を交換してはいけません。
 雨の日には、この傘に和歌を一首したためてください。
 嘘や偽りは龍神の加護を失います。

 それでは、めくるめく傘ゆライフをお楽しみください。

 ──── 恋とは、なんぞや?
 
 【傘ゆら実行委員会代表・守矢神社大祝(おおほうり)雨十(あめと)チギリ】
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「……間違えて?」

 思わず声に出してつぶやく。昨日、昇降口で慌てて掴んだ傘を、僕はあらためて見下ろした。
 ────取っ手に結ばれた、細い黒いリボン。
 濡れて重たげに揺れるそれを見た瞬間、胸の奥がざわつく。
 昨日、確かに見た。あの時雨マドカが持っていたビニール傘。そこにも、同じように黒いリボンが結ばれていた。

 昨日は焦っていて気づかなかった。でも今ははっきりとわかる。
 
 ────僕は、傘を取り違えたのだ。
 
 そして、これは……マドカさんの傘だ。
 指先がじんわり汗ばんでくる。呼吸が少しだけ浅くなった。
 もしかして……傘ゆらって……僕とマドカさんが……?
 ────ユラ姫の御伽噺のように?

 通知の最後に記されていた文字が目に入る。
「守矢神社」

 傘ゆら。神社。叔父さん。
 詳しいことを知るには、直接行くしかない。

 僕は急いで支度をし、傘を握り直して玄関の扉を開いた。灰色の空から降り続ける雨が、風に吹かれて揺れていた。まるで僕の心を写したかのように。

 
 *


「叔父さぁーんッ!」

 雨音がしとしととオーケストラを奏でる守矢神社の境内に、僕の声が木霊していた。
 胸にはしっかりと、あの黒いリボンの巻かれた傘────マドカさん傘を抱いている。

「叔父さん!叔父さんってばー!」
 
 拝殿の前には、見慣れた姿があった。
 後ろ姿だが、それだけで十分だ。巫女装束に朱傘を肩へかけた、見た目は美少女な人物────叔父の雨十チギリだ。
 今日も今日とて、軒下に集まっている子供たちに、傘ゆらの伝説を語っているようだ。

「恋とは、なんぞや?愛とは────」
「叔父さーん!叔父さん!叔父さん!」
「ぐ……こ、恋とは……なんぞ────」
「叔父さん!ねぇ、叔父さん!ちょっと聞きたいことがあるんだ!」

 子ども達がザワザワしだした。オジサンって誰?あのお兄ちゃん何言ってるの?と皆が皆、頭にクエスチョンマークを浮かべている。

「叔父さぁーん!」
「ぐぐぐ……み……みんな、今日は終いや。この続きはまた今度。ほな、気ぃつけておかえりぃ〜」

 叔父さんが手拍子して、子ども達を帰らせた。どうやら僕の熱意が伝わったようだな。
 僕は肩を雨で濡らしたまま、駆け足で拝殿へと登り、叔父さんの脇に立った。

「叔父さ────ひぃ!」

 僕の言葉は遮られた。目と鼻の先に“白刃”が突きつけられていたからだ……いや、そう錯覚した。これは朱傘の先端だ。しかし、叔父さんの放つ殺気が日本刀のように研ぎ澄まされて、今まさに僕を突き殺そうとしているのだろう。
 僕の呼吸は止まり、冷たい汗が背中を伝ってゆく。

「おう、クソガキ。誰が“オジサン”やねん?おん?言うてみいコラ」
「え……あ、いや……」
守矢神社(うち)はなぁ、明治までは生贄を捧げる儀式やっとったんやで?新鮮な鹿の生首をなぁ、捧げんねん。せや、今年はアホ面した少年の首でええやん。なぁ?」
「あ……!そうだった……」

 ────思い出した。
 叔父さんは『オジサン』と呼ぶと怒るんだった。
 自他共に認める(見た目)美少女ゆえ、オジサン扱いは禁忌なのだ。

「ふん、まぁええわ。龍神に免じて許したる。傘ゆらもあることやしなぁ」
「傘ゆら……そうだ、そうだよおじ……チーちゃん!それを聞きに来たんだよ!」

 叔父さんは、やれやれとため息をひとつつき、朱傘を肩に担いだ。

「その割には遅かったやん。お前で最後やで?」
「え、誰か来たの?」
「ああ、来たで。傘ゆらのことを聞きになぁ」
 
 さらりと告げられた一言に、僕の頭は一気に熱くなる。

「そ、それって、女の子?」
「せやなぁ」
「どんな子だった?キレイで品があって、髪が長くて────」
「あー!やかましい!個人情報は明かせへんの!」

 叔父さんが朱傘で僕の額を軽くつつき、にやにや笑う。
 
「おら、ルール説明したるから、ついて()ぃ」

 僕は腕に傘を抱え直し、赤面したまま頷いた。
 
 来たんだ。きっと彼女だ。
 ────マドカさんだ。
 

 *

 
 拝殿の軒下は、雨を空気が冷やされてひんやりとしていた。
 朱傘を横に置いた叔父さんが、片膝を立てて座る。

「さぁて、傘ゆらについて。ちょっと真面目に教えたるわ」

 叔父さんは軽く咳払いをして、表情を引き締めた。

「ユラ姫の恋の物語は知っとるな?」
「あぁ、えっと……」

 ユラ姫の恋……守矢の湖に宿る龍神が、戦国時代にこの守矢の地に実在したお姫君・ユラと身分の低い若者の恋を取り持ったという伝説。
 そして不思議な力によって、雨の日に傘に書いた和歌を通じて想いを届けた。これが「傘ゆら」の始まり。以来、龍神の加護は今も残り、毎年梅雨の時期に選ばれた人間にだけ「傘ゆら」が起こる……ということらしい。

「ルールは簡単や。傘を間違えて持ち帰った者が選ばれる。梅雨明けまで交換は禁止や。雨の日には和歌を一首つづること。嘘や偽りはあかん。そして……傘地に書いた和歌はその傘の“本来の“持ち主に届く。相手は返歌できる。ええか、これが基本や」

 叔父さんはポケットからスマホを取り出し、僕に画面を見せた。そこには、傘ゆらのルールが箇条書きで記されていた。

 1.手元にある“他人の傘”に和歌を書くと、本来の持ち主が“現在所持している傘”に贈歌として届く。
 2.梅雨明けまで交換は禁じられる。
 3.雨の日には必ず和歌を一首書くこと。
 4. 贈る歌には、普段心に仕舞い込んでいる「本音」を歌にして包むこと。
 5.嘘や偽りはご法度。
 6.受け取った贈歌には返歌することができる。

 僕は黒リボンの傘を胸に抱きしめながら、叔父さんの言葉を腑に落ちるまで反芻した。
 
 …………なるほど、こういう仕組みだな。
 この傘に和歌を書けば、必ずマドカさんに届く。
 そして、マドカさんが持っている僕の傘に、彼女が和歌を書けば、それは僕に届く。

 僕 → マドカさん (マドカさんの傘を所持している僕)
 僕 ← マドカさん (僕の傘を所持しているマドカさん)

 つまり……“本来の持ち主同士でしか繋がらない”。そういうからくりなんだ。
 
 傘を取り違えた僕とマドカさん。
 それこそが「傘ゆら」に選ばれたということの意味。
 ──── 運命
 胸の奥がじんわりと熱を帯びる。そんな言葉は信じたことがなかったのに、今だけは、信じてもいい気がした。

 チギリ叔父さんがにやりと笑って言う。
 
「恋とは、なんぞや。せいぜい、自分で答え探してみぃ」


 *


 説明と叔父さんの恋愛理論が終わると同時、彼が僕に専用ペンを投げてよこした。
 筆ペンだ。これで和歌を書け。ということらしい。
 
「ほなな。せいぜい気張りや〜」

 よし。やるぞ!
 
 …………いやいや。すっかり乗せられてその気になっちゃったけど、そんなわけないじゃないか。傘ゆらは御伽噺。確かに身近な存在ではあるけれど、あくまでファンタジーでしかないのだから。
 そりゃそうだろう。生まれ落ちて16年。未だに幽霊のひとつも見たことがない僕が、そんな超常現象など信じられるわけもなかった。

「お〜? その顔は、疑っとるな?」
「そりゃまぁ。だって、龍神なんているわけないし。雨に触れると和歌が浮かぶなんてさ……現実からかけ離れすぎだって。そもそもアプリで通知っておかしいでしょ」

 この「傘ゆらアプリ」は、傘奉納のときにQRコードで登録させられたものだ。神社の広報用だと聞かされていたが、どうやら本当の目的は別にあったらしい。

「オミトぉ……お前はほんまに、わての血ぃ引いとるんか? ええか、伊達や酔狂でこないな格好しとるわけないやろ」
「趣味じゃないの?」
「まあそれもあるな。それもあるけど……一番は龍神のためや」
「ま、まさか……龍神は“そういうの”が好きとか……」
「大正解!守矢の龍神は、見た目美少女の男が大好物やねん。せやからこうして、日々オトコを磨いてんねんで?」
「……だから、龍神の声を聞くことができる。とか言わないよね?」
「冴えとるやん。その通りや。龍神はわてに、誰を傘ゆらに選んだかこっそり教えてくれるんや。そして和歌を送信したタイミングもなぁ」

 とても信じられない。眉間にしわを寄せながら、僕は訝しげな顔をした。
 だけど──もし本当だったら。
 いや、そんなはずはない。でも、もし……。
 胸の奥で、疑いと期待がせめぎ合っていた。

「論より証拠や!ええから、歌を書いてみぃ!」

 僕は腕に抱えていた黒リボンのビニール傘を、そっと掲げた。
 ペンを握る指先が少し震える。鼓動が不規則に跳ね、胸の奥が落ち着かない。

「和歌を書いたら、それを雨に晒すんやで」

 それで────マドカさんに、届く。
 本当に?いや、まさか。でも、もし届くのなら……。
 期待と不安が渦巻き、喉がからからに乾いた。

 僕は透明な傘地の外側に、ゆっくりとペン先を走らせ、歌を綴った。

 
 ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
 荒野なる 青き月影 仰ぎつつ
 こころ慰む たまのひかりよ
 
「あなたは荒野に浮かぶ青い月のようです。
 僕はその優しい光に癒されています」
 ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼

 
 きのうみた、マドカさんの姿。それを僕は歌にした。
 書き終えた僕は、雨の下に傘を晒す。
 すると、黒い文字が淡い光を帯びた。雨粒に触れるたびにじんわりと滲み出し、やがて淡い光を残して雨に溶けていった。
 それはほんの一瞬のこと。あまりにも儚い蜃気楼のような魔法だった。
 
「……光って……消えた……?」

 ────これで届く
 自分の声が震えているのがわかる。
 境内には雨音と風鈴の音だけが響く。時間がやけに長く感じられ、スマホを握る手に力がこもった。

 ────ブルッ
 スマホが震え、画面に通知が走る。

 
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【傘ゆら実行委員会】 返歌が届きました
┈┈┈┈┈┈┈┈┈⿻*.· ┈┈┈┈┈┈┈┈┈⿻*.·

 
 息を呑んだ。おそるおそる傘を広げる。
 雨に濡れた透明な面の外側に、ふわっと新たな文字が浮かび上がってゆくのが見えた。

 
 ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼
 (ふる)き友 われを日光(ひかり)と なぞらへて
 月に憧がれ かげを願ひぬ

「旧友は私を太陽のように眩しいと言います。
 だから、私は月のように静かで優しい存在になれたらと思っていました」
 ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼

 
 雨粒に濡れた文字は、やがて淡く揺らいで消えていった。
 心臓が強く打つ。信じていなかったはずなのに、胸の奥はもう熱くて仕方がない。

 ────返ってきた。マドカさんから。
 僕は傘を抱きしめ、熱を帯びた頬を隠すようにうつむいた。

 繋がった。
 本当に、繋がってしまったんだ。観客と主演女優が。
 
 僕と…………マドカさんが。