いまにも泣き出しそうな空のもと。
大会会場のスタジアムは、その天候とは裏腹に熱気と声援に包まれていた。
観客席を埋め尽くす人波。うちわで顔を仰ぐ者、声を張り上げて学校名を叫ぶ者。吹き鳴らされる応援団の太鼓が、会場全体の鼓動みたいに鳴り響く。
《さぁ、皆々様、お待ちかね。第66回長野県高校陸上競技大会・女子10000m決勝です!》
《実況はわたくし、CCS放送アナウンサーの物部がお送りいたします。解説にはエディンバラ・オリンピック銅メダルの蘇我マッケンジーさんにお越しいただきました。蘇我さん、今日はよろしくお願いします!》
《はい、よろしくお願いしますっ》
まるで競馬実況のようなアナウンスがマイクを通じて反響し、会場のムードを煽り立てる。
選手の名前が挙がるたび、空気が一段、また一段と張り詰めてゆくのがわかった。
《注目はゼッケン7番、門倉私学館高校の虹又アメリ!『七色の末脚』と異名を持つシガクのトリックスター。終盤の驚異的な追い上げで、上位陣を喰らい尽くすか!》
《虹又選手の末脚は凄まじいものがありますからね。どこで勝負をかけるか。そこの駆け引きにも注目したいですねぇ》
トラックに立つだけで、汗がじわりと滲む。ライバルを観察する者、目を閉じて音楽に集中するもの、ひたすら走り込む者、ニヤニヤと笑みを浮かべる者────すべてが「決戦」の色を帯びていた。
その真ん中に、私もいた。
軽く流して足の感触を確かめ、ひと息ついてから控えエリアに戻る。
「アメリ!」
振り向けば、マドカが駆け寄ってくる。応援に来てくれたのだ。
「昨日の歌……あれって……オミトくんと何かあったんじゃないかって。ねぇ、オミトくんは?」
歌……そうだ、私は歌を詠んだ。でも覚えていないのだ。やりきれない想いを込めた……そんな気はするけれど。
「オミトとは……ダメみたい。そういう運命だったんだなって」
口にした瞬間、胸の奥がきゅっと痛む。それでも、表情は崩さない。
私は観客席を見渡した。
響き渡る声援の渦────けれど、その中に探していた人の姿はなかった。
(こんなところに、いるはずもないのに)
胸の奥に冷たい影が広がる。
足元に視線を落とす。本当は昨夜、落としてしまった靴を履くつもりだった。
いま履いているスペアのシューズの靴ひもは、少し前にオミトに結んでもらったものだ。すでに時間が経っているけれど、ほどける気配はない。
「大丈夫……走り切れる」
自己暗示にも似た祈り。私はひとりだ。ひとりで勝つんだ。
「選手のみなさん、お集まりください!」
場内アナウンスの声に、選手たちが一斉に動き出す。
私はマドカを振り返り、無理に笑ってみせた。
「じゃあ、いってくるよ」
マドカの揺らぐ視線も、会場の熱気も、饒舌なアナウンスも。
いまの私にはどれひとつ取っても響くことはなかった。
────ひとりぼっちの戦いがいま、はじまろうとしていた。


