メッセージアプリのようにやり取りする和歌のことを、贈答歌という。
 ──── 贈歌には返歌を。これがルールだ。
 
 400年前、戦国の世。
 長野県にある、この小さな湖の街では、ちょっぴり風変わりな贈答歌が恋の物語を紡いでいた。

 はじまりは、ひとりのお姫様が、身分の低いひとりの若者に恋をしたこと。
 ふたりは惹かれ合うが、身分の差というものは如何(いかん)ともし(がた)いものがあった。
 
 それでも──── 話しがしたい。思いを伝えたい。

 ある日、そんな切ない心を汲み取った湖の龍神は、ふたりにとある提案をしたのだった。
 
「雨の日には、傘に和歌を書きなさい。(わたし)が雨に乗せて送り届けてあげるから」

 雨は静かに湖面を叩き、思いを運ぶ舟のように傘を揺らし、やがて言の葉は浮かび上がった
 ────贈る歌は赤く光り、返す歌は白く光り
 
 それからというもの。ふたりは雨の日になると、傘地に和歌を綴っては、互いに贈り合ったという。
 梅雨が明けるその時まで、いく度もいく度も。


 いまや、街の誰もが知っている恋の御伽噺(おとぎばなし)だ。
 そう、これは御伽噺。決して現実ではあり得ない。
 ────そう思っていた。

 あの日、僕の。
 いや、僕らの傘に……和歌が一首、浮かび上がるまでは。