8話
夜になると空気が冷えるが、今は、そんなことも気にならなかった。
早く、南波に会いたい。
それだけで、雪が残る歩道を蹴って、走る。
バスの時間を待つのも惜しくて、走って走って、やっと、図書館の前の公園に着いた。
図書館からはまだ明かりが漏れているが、公園には人の気配はなかった。
足を踏み入れると、ベンチに座っている、人影がある。
「南波……!」
「浅木、」
眼鏡を掛けて、制服の上にコートを着ている南波だった。
俺は駆け寄って、ポケットに忍ばせていた文庫本を、南波に押し付ける。
「これ、ずるすぎ!」
南波が立ち上がるから、ちょうど、胸元に押し付ける形になった。
開口一番で不満を言うと、南波が笑った。
「で、感想は?」
通話で見せた動揺はどこへやら、余裕そうにそう聞いてくるのが悔しくて、俺はそのまま、胸元に頭突きをしてやった。
「俺も好きだよ!」
もう、認めるしかない。
元カノとの馴れ初めを聞いてモヤモヤしたりとか。
かわいい女の子と話してもキュンとしなかったりとか。
すぐ会いたい、って思っちゃうのとか。
好きっていう文字を見て、身体全体がぶわっと沸騰するようになるのは、もう、誤魔化しようがない。
勢いよく言うと、南波がぶはっと笑って、俺のことを抱きしめてきた。
「やっと認めたな」
「ちょ、ちょっと、手早くない!?」
「両思いだから、いいでしょ」
距離の近さに慌てるけれど、いつだって余裕すぎるこの男は、そう言い切って、俺を抱きしめる力を強めた。
ドキドキと速い心臓の音まで聞こえてしまいそうで、俺は目を瞑る。
「つーかさ、いつから?」
俺はついさっき認めたわけだけど、南波はいつから、そういう思いを抱いていたんだろう。
少し気になって尋ねると、南波は一度抱きしめた腕の力を緩めて、俺を見る。
眼鏡越しに視線が合うと、顔が熱くなった。
「うーん……最初から?」
「さ、最初って?」
「同じクラスになってから」
「は?!」
お、俺は、南波の名前も認識してなかったというのに……。
「浅木、目立つし。佐東と久遠とうるさくしてるし」
「うるさいなら好きにならなくね……?」
「全部顔に出てるのが面白くてさ。接点ないから諦めてたんだけど、図書室に来てくれるようになったから、逃せないと思って頑張っちゃったよね」
沢渡先生に感謝、としみじみと言う南波の顔をまじまじと見る。
つまり、俺は、まんまとこの男の策略にハマってしまったということでしょうか……。
「付き合えたんなら、遠慮しないから。今後ともよろしくね、凌介」
「いや名前ッ、」
「呼んでいいって言ってたじゃん」
「距離感な!?」
「ほら、俺のことも京って呼んでいいよ」
「まだ早いですう」
「わ、顔真っ赤」
「お前のせいな!」
翻弄されている自覚はあるが、笑う南波の顔がすごく幸せそうだから、まあいいかと思ってしまう。
冬の空に浮かぶ星は、きれいに瞬いていた。
流石に、帰りはバスを使うことになった。まだ、最終便の時間ではない。
バスを待つ間、「じゃあ、俺向こうだから、」と、反対側のバス停に行こうとした俺の手を、南波が掴む。
「うえ、」
「もう少し時間あるから」
引き留められて、仕方なく足を止めた。
「あ、あの、南波さん」
「何?」
「手……」
掴まれたままの手が、離されない。
俺が指摘すると、「ああ」と納得した声を上げて、南波が、指先を絡めて握り直してきた。
「いやそうではなくな!?」
突っ込むが、南波は手を離す気配はない。
女の子の手とは比べ物にならない、硬くて筋張った手のひらだ。
「ちなみに」
「ん?」
「俺は、キスも、それ以上先もしたいんだけど、浅木はどう?」
しんとした中、潜めた声で囁かれ、答えるより先に顔が耳先まで熱くなった。
「ちょっ、直球すぎんだろ……!」
「浅木にはまだ早いかー」
「ばっ、バカにすんなよ!」
「まあまあ、時間かけてゆっくり、な?」
そう言って、南波は、繋いだ手を持ち上げて俺の手の甲に唇を押し付けてきた。
ぞわりとして肩が跳ね、動きが固まる。
そんな俺を見て南波は満足したようで、手を離した。
「ほら、バス来るよ」
そうして肩を押すもんだから、俺は、叫ぶ。
「そういうとこだってマジで!!!」
――結局、南波にはずっと、敵いそうもない。
校庭の雪が徐々に溶けて来て、春の兆しが見えた頃。
俺はいつものように、部活の前に図書室に寄っていた。
「もうストーブつけないけど、いいの?」
カウンターに座る南波は、眼鏡越しにそう言って笑う。
「今日は返しに来ただけだから!」
「読み終わったんだ、珍しい」
「南波のお勧めだからな」
「へえ、――!」
ぱらぱらと本を捲っていた南波が、息を飲む音がする。その目許が、珍しく、赤くなっていた。
それに気付きつつも、俺は「じゃ、部活ー!」と言い残して、図書室を後にした。
たまには、仕返ししたっていいだろ!
『大好き!』
本に挟んだ無地の栞に書いたのは、その三文字。
――その後、俺がめちゃくちゃにやり返されることになるのは、知る由もない。
おわり。
夜になると空気が冷えるが、今は、そんなことも気にならなかった。
早く、南波に会いたい。
それだけで、雪が残る歩道を蹴って、走る。
バスの時間を待つのも惜しくて、走って走って、やっと、図書館の前の公園に着いた。
図書館からはまだ明かりが漏れているが、公園には人の気配はなかった。
足を踏み入れると、ベンチに座っている、人影がある。
「南波……!」
「浅木、」
眼鏡を掛けて、制服の上にコートを着ている南波だった。
俺は駆け寄って、ポケットに忍ばせていた文庫本を、南波に押し付ける。
「これ、ずるすぎ!」
南波が立ち上がるから、ちょうど、胸元に押し付ける形になった。
開口一番で不満を言うと、南波が笑った。
「で、感想は?」
通話で見せた動揺はどこへやら、余裕そうにそう聞いてくるのが悔しくて、俺はそのまま、胸元に頭突きをしてやった。
「俺も好きだよ!」
もう、認めるしかない。
元カノとの馴れ初めを聞いてモヤモヤしたりとか。
かわいい女の子と話してもキュンとしなかったりとか。
すぐ会いたい、って思っちゃうのとか。
好きっていう文字を見て、身体全体がぶわっと沸騰するようになるのは、もう、誤魔化しようがない。
勢いよく言うと、南波がぶはっと笑って、俺のことを抱きしめてきた。
「やっと認めたな」
「ちょ、ちょっと、手早くない!?」
「両思いだから、いいでしょ」
距離の近さに慌てるけれど、いつだって余裕すぎるこの男は、そう言い切って、俺を抱きしめる力を強めた。
ドキドキと速い心臓の音まで聞こえてしまいそうで、俺は目を瞑る。
「つーかさ、いつから?」
俺はついさっき認めたわけだけど、南波はいつから、そういう思いを抱いていたんだろう。
少し気になって尋ねると、南波は一度抱きしめた腕の力を緩めて、俺を見る。
眼鏡越しに視線が合うと、顔が熱くなった。
「うーん……最初から?」
「さ、最初って?」
「同じクラスになってから」
「は?!」
お、俺は、南波の名前も認識してなかったというのに……。
「浅木、目立つし。佐東と久遠とうるさくしてるし」
「うるさいなら好きにならなくね……?」
「全部顔に出てるのが面白くてさ。接点ないから諦めてたんだけど、図書室に来てくれるようになったから、逃せないと思って頑張っちゃったよね」
沢渡先生に感謝、としみじみと言う南波の顔をまじまじと見る。
つまり、俺は、まんまとこの男の策略にハマってしまったということでしょうか……。
「付き合えたんなら、遠慮しないから。今後ともよろしくね、凌介」
「いや名前ッ、」
「呼んでいいって言ってたじゃん」
「距離感な!?」
「ほら、俺のことも京って呼んでいいよ」
「まだ早いですう」
「わ、顔真っ赤」
「お前のせいな!」
翻弄されている自覚はあるが、笑う南波の顔がすごく幸せそうだから、まあいいかと思ってしまう。
冬の空に浮かぶ星は、きれいに瞬いていた。
流石に、帰りはバスを使うことになった。まだ、最終便の時間ではない。
バスを待つ間、「じゃあ、俺向こうだから、」と、反対側のバス停に行こうとした俺の手を、南波が掴む。
「うえ、」
「もう少し時間あるから」
引き留められて、仕方なく足を止めた。
「あ、あの、南波さん」
「何?」
「手……」
掴まれたままの手が、離されない。
俺が指摘すると、「ああ」と納得した声を上げて、南波が、指先を絡めて握り直してきた。
「いやそうではなくな!?」
突っ込むが、南波は手を離す気配はない。
女の子の手とは比べ物にならない、硬くて筋張った手のひらだ。
「ちなみに」
「ん?」
「俺は、キスも、それ以上先もしたいんだけど、浅木はどう?」
しんとした中、潜めた声で囁かれ、答えるより先に顔が耳先まで熱くなった。
「ちょっ、直球すぎんだろ……!」
「浅木にはまだ早いかー」
「ばっ、バカにすんなよ!」
「まあまあ、時間かけてゆっくり、な?」
そう言って、南波は、繋いだ手を持ち上げて俺の手の甲に唇を押し付けてきた。
ぞわりとして肩が跳ね、動きが固まる。
そんな俺を見て南波は満足したようで、手を離した。
「ほら、バス来るよ」
そうして肩を押すもんだから、俺は、叫ぶ。
「そういうとこだってマジで!!!」
――結局、南波にはずっと、敵いそうもない。
校庭の雪が徐々に溶けて来て、春の兆しが見えた頃。
俺はいつものように、部活の前に図書室に寄っていた。
「もうストーブつけないけど、いいの?」
カウンターに座る南波は、眼鏡越しにそう言って笑う。
「今日は返しに来ただけだから!」
「読み終わったんだ、珍しい」
「南波のお勧めだからな」
「へえ、――!」
ぱらぱらと本を捲っていた南波が、息を飲む音がする。その目許が、珍しく、赤くなっていた。
それに気付きつつも、俺は「じゃ、部活ー!」と言い残して、図書室を後にした。
たまには、仕返ししたっていいだろ!
『大好き!』
本に挟んだ無地の栞に書いたのは、その三文字。
――その後、俺がめちゃくちゃにやり返されることになるのは、知る由もない。
おわり。


