雪解けのブックマーク

6話





 ――合コンって、すげえ……。

 久遠に頼んだら、トントン拍子で話が進んで、年が明けて少しした後、学校が始まる前日という日に、念願の合コンが開かれた。
 ちなみに、南波とは、あけおめことよろ、ぐらいのやり取りしかしていない。
 頻繁に送り合っていたのに、あの日から、俺の方が気まずくて仕方なくて、どうしてもやり取りの回数が減っている。
「では、今日の出会いに~?」
 久遠がノリノリだ。
 カラオケの一室で集まったのは、うちのクラスで唯一カノジョ持ちのぽっちゃり系男子・鈴木の伝手で開かれた合コンだ。前回、久遠が参加したときとメンツはほとんど変わっていないらしい。男の方は、鈴木、久遠、やたらイケメンの鈴木の弟、俺。女の子は、鈴木のカノジョと、そのカノジョの友達三人。四対四――まあ、鈴木たちを除くと、三対三だ。
 だが、現実は――。
「また会えてうれしい!」「本当にかっこいいね」「カノジョいないのほんと?」
 三人が三人とも、鈴木の弟に群がっている。そして、鈴木はカノジョといちゃついている。
「え、ねえ、これって合コンなの!?」
「いや知ってた、知ってたけどなこうなることは……」
「おい経験者! 対策して対策! あの子いたら絶対勝てない!」
 思わず、隣の久遠に小さな声で文句を言うが、久遠は奥歯を噛み締めていた。なんだそれ!
「久遠さん……」
 鈴木弟が、久遠に助けを求めている。
 黒髪ストレート、長身、無駄に整った見た目なのに、この一瞬、捨てられた子犬のように見えた。
「いや俺を見るなし! 女の子たちは俺を見て!」
「なにそれウケるー」
 久遠の身体を張ったギャグ? に女の子たちはきゃらきゃらと声を上げて笑っている。
 鈴木弟は、久遠に随分と懐いているようだ。
 なるほどなあ。これ、俺、完全アウェイじゃん。
「大丈夫ですか?」
 コーラを飲んで天井を見上げていると、向かいに座った黒髪ロングの女の子が、気遣うように声をかけてきた。優しい。
「あ、はい。大丈夫っす」
「わたしも、今回初めてで」
「そうなんすね」
「人数合わせみたいなものなんですけど」
 照れたように笑う女の子の顔を見る。
 
 ――いや、待て。待て待て待て。
 どうしてここで、楽しそうに笑う南波の顔が過るんだ。
 おかしいだろ、落ち着け俺の脳裏……!!

「どうかしました?」
「いや、なんでもないです……」
 ず、と、コーラをストローで啜る。
「わたし、好きな人がいて」
 ぶは、と、思わずコーラを吹き出した。
 慌ててナプキンで口許を拭いて、「すげえぶっちゃけますね」と慌てる女の子を見た。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫っす……」
 鈴木弟と久遠は楽しそうにじゃれていて、それもまた女の子にウケているようだった。
「好きな人がいるのに、ここに来てていいんすか」
「脈がなさすぎて、諦めるために来たんですけど」
 女の子は、眉を下げて笑った。
「何をしてもその人の顔が過ぎっちゃって、無理みたい」
 肩を竦める仕草を目にして、瞬く。
 そんなの、まるで、さっきの――。
「いや、なんでそれを俺に言うんですか」
「だって、あなたも、そうじゃないですか?」
「え」
「恋してる顔、してるから」
 大きな瞳、長い睫毛、小さい顔、長い髪の毛。
 柔らかそうな唇に、甘い声色。
 きっと付き合うならこんな子なんだって、根拠もなく思っていたけれど。
 ずばっと言われて、俺は思わず、自分の頬を手で触った。
 ふふ、と女の子が笑う。
「お互い、大変ですね」
 そう言うのに、気がついたら俺は、小さく頷いていた。
 そもそも、認めるところから、大変なんだ。






 カラオケの終了時間が来たら解散になるのは、高校生らしい健全さだ。
 店の前では、鈴木弟が連絡先や二次会をねだられていて、久遠に助けを求めていた。いや、なんで合コンに来たんだ、弟よ……。人のことを言えないツッコミを心の中でして、ジーンズのポケットに両手を突っ込んでいると、好きな人がいるという女の子が隣に来た。
「うまくいくといいですね、お互い」
 内緒話のように潜めた声で言われて、つい笑う。
「俺はともかく、キミは大丈夫でしょ」
「なんですか、それ」
「黒髪ロングが嫌いな男なんていないよ」
「見た目の話?」
 ふふ、と楽しそうに笑うのは、理想のカノジョの姿。
 でも、心が動かない。ああ、不能になってしまったのかもしれない……。
「それじゃあ、ありがとうございました」
「うん、頑張ってね」
 頭を下げる女の子に、ひらりと手を振って頷く。
 鈴木カップル含む女の子たちは連れ立って帰って行き、その後姿を見送って、小さく息を吐いた。
「あの子といい感じだった?」
「そういうのじゃねーって」
「ずっと喋ってたじゃん」
「それはお前らもだろ」
 お前ら、というのは、鈴木弟と久遠のことだ。
「つか、モテモテなのに困ってんのどういうこと」
「女の子、苦手なんです……」
「なんで来たの!?」
 鈴木弟が俯いて小さい声で言うのに、思わず突っ込んでしまう俺だ。
 その瞬間、久遠が、俺の肩を叩いた。
「お前のためでしょーが! こいつの顔使わねえと女の子集まんねえんだから!」
 なんと、俺が合コンを頼んだばかりに、そういう場が苦手な鈴木弟が付き合ってくれたということだったらしい。
「し、知らなかったとはいえ、ごめん……そんでありがとう」
「いえ、大丈夫です……」
「そんで、いい出会いはあったわけ?」
 久遠が俺の顔を覗き込んでくる。
 何も言わなかったのに、俺の顔を見て何かを察した久遠が、「はあああああ」と大きなため息を吐いた。
「ちょっと、こいつのことどうにかして」
「ど、どうにかって」
「絶対認めねー片思いしてんの」
「だっ、だから違うって!」
 鈴木弟にまで絡みだした久遠に慌てて否定する。
「相手が誰だか知らねーけど、認めたら楽になるのになあ」
 久遠は肩を竦めている。鈴木弟が、俺のことをじっと見てきた。
「な、何」
「その人に、会いたいと思いますか?」
 直球な問いかけに、息を呑んだ。

 頭を過るのは、南波の笑顔だ。
 困ったように笑う顔。
 意外に笑い上戸で、一度笑うとずっと笑っている。
 囁く声色は、話しているだけで落ち着く。
 ずっと認識していなかったのに、気付いたら、傍にいた。

 図書室に通うようになってから、これだけ話していないのは、初めてだ。

「――うん」

 思わず、素直に、頷いていた。
 鈴木弟は、笑う。

「それ、好きだからですよ」
「だよなー!」

 答え合わせみたいに言ってくるのに、久遠が大きい声で頷いている。
 無性に、心臓の音が速くなった。
「ちっ、ち、ちげーし!」
「小学生かよ!」
 ぶはー、と久遠が大袈裟に吹き出して笑っている。
 改めて、今日の礼をして、二人と別れて歩き出した。
 明日は始業式だ、学校に行けば、南波に会える。
 そう考えるだけで、胸が妙にソワソワした。
 ――この気持ちの名前なんて、認めねえけどな、絶対!!!!










 スマホを開いては、閉じて、昨夜は結局、南波に何もメッセージを送れなかった。
 映画館の後、南波から元カノと付き合った経緯を聞いてから、まともに話せていない。
 今日から学校が始まるんだから、いつも通り、いつも通りに顔を合わせることができるはずだ。
 未だ嘗てない緊張した面持ちで、教室の扉を開けた。
 教室の中は相変わらずうるさくて、休み明けでも変わらない男たちの姿がある。
 やれ宿題はどうだった、休みは何をした、なんの番組が面白かったとそれぞれ話をしている中をすり抜け、窓際の席を見る。南波の姿があって、ほっとした。
「凌介ー!」
 話しかけようとした瞬間、後ろから久遠が抱きついてきた。
「うおっ、何!?」
「何じゃねーよ、どうなった!? 好きな子と!」
「は!?」
「流石に自覚しただろ!?」
「いやいや何言ってんの!?」
「えっ、なに、りょーすけ恋してんの!?」
 久遠の声はでかい。
 その声を聞きつけたのは更に声がでかいお祭り男こと晴也で、それを合図にわらわらと男たちが集まってくる。
「どんな子!?」「胸でかい!?」「誰似?!」
「うるせー同時に喋んなって! ってか好きじゃねーし!」
 俺が否定すると、急にみんな黙って、じっと俺を見てくる。その目ヤメロ!!
「どう思います?」
「うーん、小二?」
「認めたくても認められない、みたいな?」
「いい加減しつこいよなあ」
 うるせーぞ久遠!
 井戸端会議よろしく、肩を組んでひそひそ言う悪友たちに青筋を立てる。
「もう放っとけって!」
「放っとけるかよ、こんなおもしれーこと」
「面白がるなっつの!」
「合コンまで開いてやったのにその言い草」
「合コンって何!?」「うわー俺も誘えよ!」「かわいい子いた!?」
 どんどんと話が波及していく。
 ちらりと窓際を見たら、眼鏡を掛けて制服をきちんと着こなしている南波は、文庫本を開いて読んでいる。全く、興味がないようだ。
 そうだよな、俺たち、教室では絡まなかった。
 図書室に通う前の距離感に戻ったようで、胸の奥がヒヤリとする。
「うるせーぞ、席つけー」
 そして気付いたら宮原先生が姿を現していて、朝のホームルームが始まる。
 窓越しに見つめていても、今日は、目が合うことがなかった。