雪解けのブックマーク

4話





 「冬休みって秒速じゃねえ?」
 年内最後の部活が終わり、同じサッカー部の久遠が、遠くを見ながら話しかけてきた。
「それなー。結局部活もすぐ始まるし」
「5日間休みがあるだけマシってか」
 はあ、と重い溜息が、白く吐き出される。
 他の部員もぞろぞろと部室を出て、学校を出るために歩いていた。
「そういや、合コンどうだった? いい子いた?」
 俺と南波が図書館に行っていた日、久遠が張り切っていた合コンの日だったはずだ。
 何気なく問いかけると、ぴた、と久遠の動きが止まった。
 こ、これは、どっちの意味だ……?
「うっ、うう、凌介がいたら何かが変わってたかもしれねえ」
「ど、どゆこと!?」
 何があったのか、思い出し泣き真似をした久遠が、俺の肩に寄りかかってくる。
「女子ってさ、……残酷だよな」
 そしてその一言に、なんとなく察してしまうのだった。
 久遠、男から見たらいい奴なんだけどな。
 合コンっていう第一印象が全ての場では、その良さは発揮されないのかもしれない。
 慰めようと口を開いた瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。
「あ、悪い」
 断って画面を見ると、どきりとした。
 南波の名前が表示されていて、『宿題提出』と冒頭の一文が見え、つい笑ってしまった。
 それを、目敏く気付かれる。
「何、カノジョ?」
「違ぇって!」
「じゃあ、好きな人?」
「は!?」
 すぐに否定するけれど、言い換えて問われて目を丸める。
「だって凌介、すげえ嬉しそうな顔してるよ」
 身体を離した工藤に言われて、思わず自分の頬に触れてしまう。
「あーあー、凌介もカノジョ持ちになんのかあ」
「ばっ、違えって!」
「んじゃ、合コン行く?」
「い、いか、いく、いか、」
「ほらすげえ迷ってんじゃん! 前は即答だったのに!」
 久遠が肩を揺らして爆笑している。
 ちょっと待て、だって、相手は。






 ――この、男である。

 目の前にいる南波は、オフモードで、眼鏡がない。長い脚を組みながら今度は俺が奢ったホットのブラックコーヒーを飲んでいる姿は、悔しいけど様になっている。
 借りた小説を読み終えた南波は俺に感想を書いて送り、『ちょうど今実写化した映画やってるんだけど行かない?』と、それはもう超自然に誘って来たので、『行く!』と二つ返事で頷いた。
 駅前で待ち合わせをして、映画が始まるまでの時間潰しで入ったカフェで、向かい合っているというわけである。
 南波は本の話や今日これから観る映画の話をしてくれるのだが、俺はどこか上の空になってしまう。

『じゃあ、好きな人?』

 頭に過ぎるのは、久遠からの問いかけだ。
 そんな、そんなはずはない。
 だって、南波は男だし。
 そもそも、図書室に行くまでは、クラスの中でも存在を認識していなかったぐらいの関係だ。
 だ、だから。
 友達として仲良くなったことが、嬉しいだけだって!

 心の中で久遠に弁明していると、「っふ、」と耐えきれないように南波が笑った。
「百面相」
「ぅえ、」
「なにかあった?」
 めちゃくちゃ、表情に出ていたらしい。
 また自分の頬に触れて、それから眉を下げる。
「いや、話してんのにごめん」
「いいけど。具合悪いとかじゃない?」
 二人でいるのに、一人でぐるぐる考え込んでいるのは、南波にも失礼だったよな。
 俺が反省していると、首を傾げた南波は、自然な動作で腕を伸ばして、俺の額に触れてきた。
 女の子の柔らかさのない、筋張った手のひら全体で額を包まれて、瞳を見開く。
「大丈夫そうだけど」
 そして何食わぬ顔して手を離して笑うから、一気に顔に熱が集まってくる。
「いやっ、大丈夫ですけど!」
 なにこのひと、少女漫画から飛び出してきたの!?
 仕草がいちいち気障なのに、それを自然とこなすから、俺の心臓がもたない。
 ちょっと待て、なんでドキドキしてるんだ。落ち着け俺の心の臓。
「そろそろ行こうか」
「南波さあ、」
「ん?」
「誰にでもこうなの……?」
 南波が共学でなくてよかったのかもしれない。
 いろんな女の子にこんなことをしていたら、もう、毎日血を見る修羅場だ。
 俺が控えめに聞くと、今度は南波が驚いた顔をして、目を細める。
「さあ、どうだろうね」
 そこは誤魔化すのかよ!
 どこか楽しそうな南波は、そのまま、俺が飲んでいたフラペチーノのカップも一緒にゴミ箱に捨ててくれた。だから、そういうところだって!







 映画といえばポップコーンでしょ、と俺のゴリ押しで、行列が出来ている物販に並んでいる。南波は映画を観るのも好きらしいのだが、一人で来るのが多く、何も食べずに見たら帰ることが多いらしい。塩とキャラメルの両方の味が楽しめて、更に飲み物も二人分ついてくるセットを頼むと、あまりの大きさに南波がツボに入って笑っていた。
「こんなの、絶対食べきれないでしょ」
「それも醍醐味だって!」
「お残しは許しません」
 なんて軽口を言い合いながらポップコーンと飲み物のカップが入ったトレイを持って、入場口へと足を進める。チケットは、南波が既にネットで申し込んでくれていた。
「南波くん……!?」
 南波が俺にチケットを渡してくれたとほぼ同時に、後ろから女の子の声が聞こえてきて、振り返る。そこには、女子高生らしき女の子二人組が立っていた。一人は茶髪巻き髪にミニスカワンピースの派手な子、もう一人は黒髪ボブカットでロングスカートの清楚な子。
「うっそ偶然! 元気? ほら、南波くんだよ、会いたがってたじゃん!」
「え、あ、うん……、ひ、ひさしぶり」
 あー、はー。これはこれは……。
 派手な子が、清楚な子の肩を押すと、清楚な子は顔を真っ赤にしてそれだけ言っている。
 どう見ても、清楚な子は、南波のことが好きなヤツだ。
「何、おな中とか? あ、俺先行ってるから、」
「浅木」
「へ?」
 あとは若い皆さんでどーぞどーぞ、と、チケットだけもらって先に入場しようとしたら、俺のジャンパーの裾を、南波がぎゅっと掴んできた。思わず間抜けな声が出る。
「友達? すご、全然ジャンル違くない?」
「あ、どうも、同じクラスの浅木でーす」
 話を振られたので、ぺこりと頭を下げて自己紹介をする。「あたしミサキ、こっちはサヤ」と派手な子が名前を伝えてくれた。
「サヤと南波くん、付き合っててさ~?」
「えっ、そうなの!?」
「中学の時に、ね?」
「ちょ、ちょっと美咲、」
「ごめん、もう始まりそうだから。行こう、浅木」
「え、え!?」
「あ、ちょっと!」
 ミサキちゃんの爆弾発言に、サヤちゃんが慌てて、南波の表情が見えないまま、歩き出した南波に慌ててついていく。残された女子ふたりに振り返って頭を下げるが、項垂れているサヤちゃんを、ミサキちゃんが慰めている様子が見えた。





 ――気まずい。

 映画館に入り、後ろの方の真ん中の席に並んで、大きなスクリーンを見ている。
 まだ予告すら始まっていないが、南波が何も喋らないから、俺はふたりの間に置いたポップコーンを貪ることしかできない。
 本当は、色々と、聞きたいことがある。
 顔を真っ赤にしたサヤちゃんは、きっとまだ、南波のことが好きなんだ。
 どれぐらい付き合ったの、とか、なんで別れたの、とか。
 南波は今はどう思ってるの、……とか。
 でも、そのどれもが、俺が聞くことではない気がした。
「ごめん、巻き込んで」
「え!? いや、全然」
 沈黙が流れたあと、ぽつりと、南波が言った。反射的に首を振って、ポップコーンを食べる。
「あ、南波もいる?」
 自分だけ食べてるのもな、と思って、口に運ぶはずだったポップコーンを、南波に見せる。南波は、躊躇いもせず、俺の手からポップコーンを食べた。
「え?」
「美味いよ」
「あ、そう?」
 あまりに自然すぎて、違和感が働かないのが南波の恐ろしいところだ。
 何も言えないまま、俺はまたポップコーンを食べる。
 南波は、笑った。
「気になる?」
「へ?」
「どれぐらい付き合ったのかとか、なんで別れたのかとか」
「なっ、なんで、」
「浅木、全部、顔に出てる」
 なんてこった……。
 部活のメンバーや友達とババ抜きをするときにも、よく言われるんだこれが。
 椅子に座り直して、コップに入ったコーラをストローで吸う。
「南波が言いたくなったら、教えて」
 そりゃ気になるけど、無理に聞くもんでもねーし。
 俺が答えたら南波は瞬いて、笑った。
 ちょうど、辺りが一段階暗くなり、予告映像が流れ始める。
「俺、予告観るの好き」
 俺が囁くと、「俺も好き」と南波が小さく言った。
 ――そういうのもさ、誤解されるからやめたほうがいいと思いますよ。
 無駄に意識しないように口端を引き締めて、俺は、予告を真剣に見つめるのだった。








 南波が選んだ映画は、ミステリー映画だった。
 最近話題の俳優が主人公の役で、その幼馴染には売り出し中の若手女優が選ばれている。
 遺産相続のために一族が呼び出された山奥の館が、吹雪により脱出不可能になり、次々と殺人事件が起こってしまう……っていう、王道中の王道だけれど、演出に引き込まれた。
 シリアスな場面だけではなく、コミカルなギャグだとか、幼馴染とのロマンスだとかもバランスよく散りばめられている。
 ――でも、死体の登場が、ホラーばりにドッキリさせるシーンなのはやめてほしい。
 主人公と幼馴染がそっと扉を開けた瞬間、天井のシャンデリアの一部が首吊遺体になっていた場面では、思わず肩を揺らしてしまった。
 ついでにポップコーンを取ろうとしていた手も止まってしまい、その上から、不意に南波の手が重なってきた。
 なんだ、南波も食べたかったのか……と思って横を見ると、えらく優しい顔で微笑んでいる南波と目が合って、瞬く。
「怖かった?」
 囁く声色にはっとして、慌てて首を横に振る。
 映画館は、おしゃべり禁止ですから!!
 誤魔化すために、ポップコーンを貪り食った。
 俺が女の子だったら、秒で落ちてたぞこの野郎!!







 エンドロールが流れる頃には、俺の目には涙が滲んでいた。
 いや、まさか、こんなに感動する話だとは思わなかったんだ……。
 残酷な連続殺人は主人公の活躍により、途中で犯人が暴かれた。
 でも、犯人は暴走して自殺を選ぶのだが、それを止めたのが犯人の婚約者の妹で、密かな想いを打ち明ける。そして犯人が全てを後悔し、無事に逮捕されるという、ありきたりな展開ながら、じんわり来てしまった。更にそのあと、主人公と幼馴染も、島から出る船の上で、いい感じになっているから、感動してしまった。
 ぐす、と鼻を啜ると、隣の南波の肩が揺れているのがわかる。
 笑ってやがる――!
 映画館を出たら問い詰めようと決意して、俺は、残りのコーラを音を立てて飲み干した。






 「笑うとかひどくね?! 泣けよ!」
「いや、あれで泣けるのすごくない?」
「感動するじゃんか」
 エンドロールが終わり、館内が明るくなった瞬間に文句を言うと、南波は未だに楽しそうに笑っている。
「でも、楽しんでくれてよかった」
 なんだかんだ、ほとんどなくなったポップコーンと、飲み終わったジュースのカップが残るトレイを持って立ち上がる。同時に立った南波が、どこかほっとしたように言った。
「普通に楽しかったよ。あ、今度原作貸して」
「分厚いけど大丈夫?」
「頑張って読む!」
「あと、映画とは展開違うけど……」
「マジ? じゃあ、余計楽しめるじゃん!」
 俺が食いつくと、南波は瞬いた。
 それから、眉を下げて笑う。
「ほんと、浅木って……」
 その顔が無性に幸せそうに見えて、なんだか俺が、ひどく照れくさくなった。
「ほ、ほら! 行こ!」
 居た堪れなくなって、続きを聞く前に、促して客席の段差を降りる。
 カップルや友達同士が、「面白かったね」「マジ顔面よかった」と感想を話しているのを後目に、そそくさと映画館を後にした。