2話
終業式の日はあっさりと、しかし騒がしく終わった。
「事故事件不祥事は起こさないように」
担任である宮原先生が、気怠げにそう言っている中も、教室の中の男子たちはそわそわとしている。窓の外を見るとはらはらと雪が降っていて、冬真っ盛りだ。
午前中しか授業がないってだけでも特別感があるのに、明日から休みだって現実がテンションを上げないわけがない。
「不祥事は先生なー!」
お祭り男の佐東晴也が、よせばいいのに余計な一言を言って、宮原先生の額に青筋が立つ。「よしわかった佐東は課題増量な」「そんな殺生な!」なんていつものやり取りを耳にしながらも、俺はちらりと窓を見る。
窓に写っているのは、窓際に座る南波の横顔。
黒縁眼鏡を掛けて、宮原先生に配られた冬休みについてのプリントを真面目に読んでいる。
遡るのは、昨夜のことだ。
南波が図書館に誘ってくれて連絡先を交換したその次の日、南波がメッセージを寄越した。
『こんばんは』
いや真面目かよ!
自分の部屋、ベッドの上に寝転んでダラダラとショート動画を観ていた俺のスマホ画面に写し出された短い通知に、思わず突っ込んでしまった。
すぐにアプリを開くと、初期アイコンの灰色の人形の影で、名前は「南波京」と本名フルネームが示されている。
とりあえず、『ばんわん』と挨拶している犬のキャラクターのスタンプを押して、『どしたん?』と聞いてみると、すぐに既読がついた。
『図書館、いつ行く?』
シンプルな誘いかけに、どきりとした。
社交辞令で終わっても良いあの約束を、実行しようとしてくれている。
俺は意味もなく起き上がって、ベッドの上で正座をした。
『午前中は部活だから、午後からならいつでも』
『じゃあ、明後日は?』
『いいよ!』
『了解、明後日の14時に市立図書館前で』
『おっけー、よろしくー!』
ポンポンと、テンポよくやり取りが続く。
あっさりと約束が成立してしまった。
俺の一言で会話が終わってしまいそうだったから、慌てて、『連絡サンキュな』と礼を伝えると、変な生き物が手を振っている初期設定のスタンプが返ってきた。
それ使ってる人、初めて見た!
昨夜のやり取りを思い出すだけで、つい口元が緩みそうになる。
不意に、顔を上げた南波と、窓越しに目が合ってしまった。
すぐに逸らせばいいのに、逸らせない。
ふっと、南波が笑った瞬間、終業のチャイムが鳴った。
「はい終了、お前ら悪いことしないでちゃんと元気に始業式来いよ。良いお年をー」
そう言い残して宮原先生がいの一番に教室を出て、先生の話を全く聞いていなかったことに気づく。
南波に話しかけに行こうかと椅子から腰を浮かせた瞬間、「りょーすけ!」と名前を呼ばれ、背中から抱きつかれた。
「うおっ、何、何事!?」
「今日超静かだったじゃん、なんでー!」
「いやお前がうるさすぎただけじゃね?」
「いつもだったら加勢してくれるじゃん!?」
りょーすけだけが頼りだったのに……、なんて泣き真似をするのはお祭り男の晴也だ。
周りにいつの間にかいつものメンツが集まって来ていて、「確かに静かだった」「風邪?」なんて失礼なことを聞いてくる。
「そういや、凌介は行かねーの?」
晴也を引き剥がしていると、カノジョがほしいとクラス一騒いでいる久遠が、俺の顔を覗き込んできた。
「何に?」
「合コン! 鈴木が開いてくれるって」
指差す方には、ぽっちゃりとしていて人好きのする鈴木がニコニコと笑っていた。
そういえば、そんな話で朝盛り上がっていた気がする……。
「いつだっけ?」
「明日!」
「あー」
明日は、図書館に行く日だ。
「ごめん、約束あって」
俺が断ると、周りにいる男たちの目つきが、一気に変わる。
「りょーすけ」「凌介」「おまえ」「まさか」
「カノジョが!?」
圧がすごい圧が。
同時に尋ねられ、大きく手と首を横に振った。
「違う違う、違うって」
「だっておまえ、明日、クリスマスだぞクリスマス!」
「そんな日に約束って!」
「いやそんな日に合コンって」
「うるせー出会いの芽を摘むんだよ!」
久遠の目が血走っていて、晴也は何が楽しいのかケラケラと笑っている。
ちらりと窓際の席を見ると、もう、南波の姿はなかった。
少し残念な気持ちになっている自分が、不思議だ。
今までは、教室ではなんの接点もなかったんだから、当然のことなのに。
昨日から図書室は閉まっている。
早く明日になんねーかな、なんて思っている自分に、少しウケた。
――そしてやってきた、図書館。
午前中は部活があり、昼飯を食べて、ジャージから普段着に着替えてやって来た。
昨日から降っている雪は止む気配がなくて、ホワイトクリスマスになっている。
ビニール傘を差して、雪が積もる道を歩くと、図書館の周りも、クリスマス仕様になっていた。イルミネーションは、本当は夜につけるのだろうが、薄暗いからか、もうチカチカと輝き始めている。
図書館の入口前に佇む人影を見つけて、思わず息を呑んだ。
そこには南波が立っていたのだが――初めて見る私服は、学校で見る姿とは違う。
アッシュグレーのチェスターコートの襟下には、白いタートルネックのセーターが覗いている。黒いスキニーというシンプルなパンツは、レザーのサイドゴアブーツを目立たせていた。
「浅木くん」
学校で聞く声と同じなのに、眼鏡がなく、ラフに整えられた黒髪で笑いかけられるというギャップがやばい。
え、ずるくねえ?
制服をきっちり着こなし、教室では目立たず、図書室では本だけを読んでいる眼鏡の南波の姿を思い出し、咄嗟に返事ができなかった。
「ま、待った?」
「ううん、今来たとこ」
うわ、そういうの本当に言う人いるんだ……。
さらりとした気遣いにも思わず動きが止まる。
とりあえず傘を畳んでいると、南波が俺を見ていることに気づいた。
「な、何?」
「私服もいいね」
いや、お前に言われたくねーし!
なんてことを直接言うのはなんとなく照れくさくて、「どうも」と素っ気なく言うのに留めておく。
俺の私服は、紺色の分厚いジャンパーに、白いパーカー、ジーンズにゴツいスニーカーという無難も無難な服装で、褒められる要素はどこにもない。
傘を傘立てに置いて、俺と南波は、並んで図書館に入った。
最近の図書館っていうのは、すごい。
まず、館内はガラス張りで、外の景色がよく見える。
今は雪景色だけれど、晴れていたら、自然の日差しが溢れて心地よいんだろう。
しかし建物の中は暖かく、クリスマスだっていうのに、老若男女問わずに人の姿があった。
「きれいなとこだなー」
「すごいよね。カフェもあるし、読書スペースも、自習スペースもあるよ。貸出冊数に制限がなくて、一ヶ月で返せるなら借り放題なんだ」
「へえ」
「蔵書数もこの辺りでは抜きん出てて」
「ふーん……」
南波が、一気に饒舌になった。
瞳を輝かせて図書館の良さを語っていて、少し笑ってしまう。
「学校の図書室と、どっちが好き?」
つい尋ねると、南波は黙った。
少し考えてから、笑う。
「図書室に通えるのは、有限だからね。それに、浅木くんもいるし」
それ、ずるくね??
なんも言えなくなって、俺は、巻いたマフラーに顎を埋める。
眼鏡がないギャップだけでもずるいのに、今日の南波は、色々とリミッターが外れているみたいだ。
「最近の図書館は、絶対静かにしないといけないってわけじゃなくて」
受付の前を通ると、ずらりと書架が並んでいる。学校のよりも背が高い書架に圧倒される俺に気づいたように、隣の立つ南波が、声を潜めて伝えてくれた。
ジャンパーの裾を引っ張られ、そちらに目をやると、絵本コーナーがあり、小さい子たちが自由に本を読んでいる。声を出して音読していたり、楽しそうに笑いながら本をめくっていたりして微笑ましい。だが、確かに、俺が小さい頃は、「静かにしなさい!」と口酸っぱく言われていた気がして、時代の変化を感じた。
「だから、浅木くんもはしゃいで大丈夫だよ」
「いや俺高校生なんで」
「そうだっけ?」
「そうです!」
どうでもいいけど、耳元で囁いてくるのはくすぐったいからやめてほしい!
新しい図書館は暖房が効いていて、ふわりと温かな風が舞い込んでくる。
南波は慣れた様子で書架の間を進んで、いくつかのテーブルが並ぶ読書コーナーへと案内してくれた。テーブルも椅子も白が基調で、真新しく清潔感があった。
全てが、学校の図書室とは違って、新鮮に感じる。
「とりあえず荷物置いておこうか」
促されて、ジャンパーを脱いで椅子に掛ける。
向かい合った椅子に、南波もコートを掛けたのだが、白いタートルネックが似合いすぎていて目を疑った。こんなにスタイルよかったっけ? 俺と同じぐらいの身長のくせに、見栄えが違いすぎる……。
「浅木くんでも読める本、探そう」
「そ、そうだな!」
思わず見とれてしまっていたらしい。
いつの間にか隣に来ていた南波にさりげなく背中を押され、一緒に歩きだした。
背が高い書架と書架の間は、そう広くはない。
二人で並ぶと狭いのだが、南波は気にした様子はなさそうだ。
「ミステリー、好きだったよね」
「うん、面白かった」
本格派ミステリー! とか、海外翻訳ものはまだ読んだことはないけれど、初心者向けでアクションあり伏線ありのライトなものは、楽しんで読むことができた。
そもそも、南波の選書はセンスが良いんだ。
読書に慣れていない俺でも、飽きずに読めるものを選んでくれる。
すぐに読み終えて感想を言うと、すごく嬉しそうにしていたのは、記憶に新しい。
「これとか、どう?」
辿り着いたのは現代文学のミステリーコーナーで、以前、南波が教えてくれた本と同じ作者の、違う作品だった。
「どんな話?」
「世界の終わりが来たら人間はどうするかって話」
「重くねえ……?」
興味が込み上げて、南波が持つ本を覗き込んでみるけれど、さらりと告げられたあらすじについ率直な感想が出てきた。南波は笑って、「じゃあ、気になるタイトルはある?」と、同じ作者の本がずらりと並ぶ背表紙を示した。
身を屈めて一冊ずつタイトルを見て、短いながらにインパクトがあるものばかりで、小説家ってすげえなと感心が先立ってしまった。
「わ、ご、ごめん!」
前のめりになりすぎたのか、隣にいた南波の体に、とん、とぶつかってしまい、慌てて離れる。
顔を上げると、南波は、「っふ、」と堪えきれないとばかりに笑っている。なんでだ!
「大丈夫、いくらでもぶつかっておいで」
「おかしくねえ!? 南波も避けろよ!」
「ところで、俺のオススメはこれなんだけど」
「話聞けって」
思い切り話を逸らされたけど、南波のオススメは興味がある。
一冊の本を取り、見せられた表紙に、すぐに興味が惹かれた。
「じゃあ、俺はこれにしようっと」
俺の様子に気づいて本を手渡してきた南波は、迷わずに同じ作家の最新作を手に取った。
その二冊を持って、読書コーナーへと戻る。
角のテーブルには、俺たちしかいなかった。
向かい合って座ると、距離が近く感じる。図書室では、いつも南波はカウンターに座っていて、俺は近くの席に座っているから、それに比べれば近くて当然だ。
「南波はさ」
「ん?」
「借りた本は、ここで読むの?」
「ここで読むこともあるし、借りて家で読むこともあるよ」
「本当に、本が好きなんだなー」
感心してしまった。
学校の本も読みまくっているのに、図書館でも借りているなんて。
しみじみ言うと、南波が笑う。
「最近はさ、人に紹介するならどんな本がいいかなって考えながら読むのも楽しくて」
「誰か紹介する人いんの?」
「常連が増えたからね」
「あ」
普通に尋ねたけれど、その言い方に当てはまるのは俺しかいないと気付いて、無性に照れる。
気付かないふりをして、さっさと本を読もうとページを捲ったら、「ふふ、」と笑い声が聞こえてきた。
この南波、楽しそうである。
終業式の日はあっさりと、しかし騒がしく終わった。
「事故事件不祥事は起こさないように」
担任である宮原先生が、気怠げにそう言っている中も、教室の中の男子たちはそわそわとしている。窓の外を見るとはらはらと雪が降っていて、冬真っ盛りだ。
午前中しか授業がないってだけでも特別感があるのに、明日から休みだって現実がテンションを上げないわけがない。
「不祥事は先生なー!」
お祭り男の佐東晴也が、よせばいいのに余計な一言を言って、宮原先生の額に青筋が立つ。「よしわかった佐東は課題増量な」「そんな殺生な!」なんていつものやり取りを耳にしながらも、俺はちらりと窓を見る。
窓に写っているのは、窓際に座る南波の横顔。
黒縁眼鏡を掛けて、宮原先生に配られた冬休みについてのプリントを真面目に読んでいる。
遡るのは、昨夜のことだ。
南波が図書館に誘ってくれて連絡先を交換したその次の日、南波がメッセージを寄越した。
『こんばんは』
いや真面目かよ!
自分の部屋、ベッドの上に寝転んでダラダラとショート動画を観ていた俺のスマホ画面に写し出された短い通知に、思わず突っ込んでしまった。
すぐにアプリを開くと、初期アイコンの灰色の人形の影で、名前は「南波京」と本名フルネームが示されている。
とりあえず、『ばんわん』と挨拶している犬のキャラクターのスタンプを押して、『どしたん?』と聞いてみると、すぐに既読がついた。
『図書館、いつ行く?』
シンプルな誘いかけに、どきりとした。
社交辞令で終わっても良いあの約束を、実行しようとしてくれている。
俺は意味もなく起き上がって、ベッドの上で正座をした。
『午前中は部活だから、午後からならいつでも』
『じゃあ、明後日は?』
『いいよ!』
『了解、明後日の14時に市立図書館前で』
『おっけー、よろしくー!』
ポンポンと、テンポよくやり取りが続く。
あっさりと約束が成立してしまった。
俺の一言で会話が終わってしまいそうだったから、慌てて、『連絡サンキュな』と礼を伝えると、変な生き物が手を振っている初期設定のスタンプが返ってきた。
それ使ってる人、初めて見た!
昨夜のやり取りを思い出すだけで、つい口元が緩みそうになる。
不意に、顔を上げた南波と、窓越しに目が合ってしまった。
すぐに逸らせばいいのに、逸らせない。
ふっと、南波が笑った瞬間、終業のチャイムが鳴った。
「はい終了、お前ら悪いことしないでちゃんと元気に始業式来いよ。良いお年をー」
そう言い残して宮原先生がいの一番に教室を出て、先生の話を全く聞いていなかったことに気づく。
南波に話しかけに行こうかと椅子から腰を浮かせた瞬間、「りょーすけ!」と名前を呼ばれ、背中から抱きつかれた。
「うおっ、何、何事!?」
「今日超静かだったじゃん、なんでー!」
「いやお前がうるさすぎただけじゃね?」
「いつもだったら加勢してくれるじゃん!?」
りょーすけだけが頼りだったのに……、なんて泣き真似をするのはお祭り男の晴也だ。
周りにいつの間にかいつものメンツが集まって来ていて、「確かに静かだった」「風邪?」なんて失礼なことを聞いてくる。
「そういや、凌介は行かねーの?」
晴也を引き剥がしていると、カノジョがほしいとクラス一騒いでいる久遠が、俺の顔を覗き込んできた。
「何に?」
「合コン! 鈴木が開いてくれるって」
指差す方には、ぽっちゃりとしていて人好きのする鈴木がニコニコと笑っていた。
そういえば、そんな話で朝盛り上がっていた気がする……。
「いつだっけ?」
「明日!」
「あー」
明日は、図書館に行く日だ。
「ごめん、約束あって」
俺が断ると、周りにいる男たちの目つきが、一気に変わる。
「りょーすけ」「凌介」「おまえ」「まさか」
「カノジョが!?」
圧がすごい圧が。
同時に尋ねられ、大きく手と首を横に振った。
「違う違う、違うって」
「だっておまえ、明日、クリスマスだぞクリスマス!」
「そんな日に約束って!」
「いやそんな日に合コンって」
「うるせー出会いの芽を摘むんだよ!」
久遠の目が血走っていて、晴也は何が楽しいのかケラケラと笑っている。
ちらりと窓際の席を見ると、もう、南波の姿はなかった。
少し残念な気持ちになっている自分が、不思議だ。
今までは、教室ではなんの接点もなかったんだから、当然のことなのに。
昨日から図書室は閉まっている。
早く明日になんねーかな、なんて思っている自分に、少しウケた。
――そしてやってきた、図書館。
午前中は部活があり、昼飯を食べて、ジャージから普段着に着替えてやって来た。
昨日から降っている雪は止む気配がなくて、ホワイトクリスマスになっている。
ビニール傘を差して、雪が積もる道を歩くと、図書館の周りも、クリスマス仕様になっていた。イルミネーションは、本当は夜につけるのだろうが、薄暗いからか、もうチカチカと輝き始めている。
図書館の入口前に佇む人影を見つけて、思わず息を呑んだ。
そこには南波が立っていたのだが――初めて見る私服は、学校で見る姿とは違う。
アッシュグレーのチェスターコートの襟下には、白いタートルネックのセーターが覗いている。黒いスキニーというシンプルなパンツは、レザーのサイドゴアブーツを目立たせていた。
「浅木くん」
学校で聞く声と同じなのに、眼鏡がなく、ラフに整えられた黒髪で笑いかけられるというギャップがやばい。
え、ずるくねえ?
制服をきっちり着こなし、教室では目立たず、図書室では本だけを読んでいる眼鏡の南波の姿を思い出し、咄嗟に返事ができなかった。
「ま、待った?」
「ううん、今来たとこ」
うわ、そういうの本当に言う人いるんだ……。
さらりとした気遣いにも思わず動きが止まる。
とりあえず傘を畳んでいると、南波が俺を見ていることに気づいた。
「な、何?」
「私服もいいね」
いや、お前に言われたくねーし!
なんてことを直接言うのはなんとなく照れくさくて、「どうも」と素っ気なく言うのに留めておく。
俺の私服は、紺色の分厚いジャンパーに、白いパーカー、ジーンズにゴツいスニーカーという無難も無難な服装で、褒められる要素はどこにもない。
傘を傘立てに置いて、俺と南波は、並んで図書館に入った。
最近の図書館っていうのは、すごい。
まず、館内はガラス張りで、外の景色がよく見える。
今は雪景色だけれど、晴れていたら、自然の日差しが溢れて心地よいんだろう。
しかし建物の中は暖かく、クリスマスだっていうのに、老若男女問わずに人の姿があった。
「きれいなとこだなー」
「すごいよね。カフェもあるし、読書スペースも、自習スペースもあるよ。貸出冊数に制限がなくて、一ヶ月で返せるなら借り放題なんだ」
「へえ」
「蔵書数もこの辺りでは抜きん出てて」
「ふーん……」
南波が、一気に饒舌になった。
瞳を輝かせて図書館の良さを語っていて、少し笑ってしまう。
「学校の図書室と、どっちが好き?」
つい尋ねると、南波は黙った。
少し考えてから、笑う。
「図書室に通えるのは、有限だからね。それに、浅木くんもいるし」
それ、ずるくね??
なんも言えなくなって、俺は、巻いたマフラーに顎を埋める。
眼鏡がないギャップだけでもずるいのに、今日の南波は、色々とリミッターが外れているみたいだ。
「最近の図書館は、絶対静かにしないといけないってわけじゃなくて」
受付の前を通ると、ずらりと書架が並んでいる。学校のよりも背が高い書架に圧倒される俺に気づいたように、隣の立つ南波が、声を潜めて伝えてくれた。
ジャンパーの裾を引っ張られ、そちらに目をやると、絵本コーナーがあり、小さい子たちが自由に本を読んでいる。声を出して音読していたり、楽しそうに笑いながら本をめくっていたりして微笑ましい。だが、確かに、俺が小さい頃は、「静かにしなさい!」と口酸っぱく言われていた気がして、時代の変化を感じた。
「だから、浅木くんもはしゃいで大丈夫だよ」
「いや俺高校生なんで」
「そうだっけ?」
「そうです!」
どうでもいいけど、耳元で囁いてくるのはくすぐったいからやめてほしい!
新しい図書館は暖房が効いていて、ふわりと温かな風が舞い込んでくる。
南波は慣れた様子で書架の間を進んで、いくつかのテーブルが並ぶ読書コーナーへと案内してくれた。テーブルも椅子も白が基調で、真新しく清潔感があった。
全てが、学校の図書室とは違って、新鮮に感じる。
「とりあえず荷物置いておこうか」
促されて、ジャンパーを脱いで椅子に掛ける。
向かい合った椅子に、南波もコートを掛けたのだが、白いタートルネックが似合いすぎていて目を疑った。こんなにスタイルよかったっけ? 俺と同じぐらいの身長のくせに、見栄えが違いすぎる……。
「浅木くんでも読める本、探そう」
「そ、そうだな!」
思わず見とれてしまっていたらしい。
いつの間にか隣に来ていた南波にさりげなく背中を押され、一緒に歩きだした。
背が高い書架と書架の間は、そう広くはない。
二人で並ぶと狭いのだが、南波は気にした様子はなさそうだ。
「ミステリー、好きだったよね」
「うん、面白かった」
本格派ミステリー! とか、海外翻訳ものはまだ読んだことはないけれど、初心者向けでアクションあり伏線ありのライトなものは、楽しんで読むことができた。
そもそも、南波の選書はセンスが良いんだ。
読書に慣れていない俺でも、飽きずに読めるものを選んでくれる。
すぐに読み終えて感想を言うと、すごく嬉しそうにしていたのは、記憶に新しい。
「これとか、どう?」
辿り着いたのは現代文学のミステリーコーナーで、以前、南波が教えてくれた本と同じ作者の、違う作品だった。
「どんな話?」
「世界の終わりが来たら人間はどうするかって話」
「重くねえ……?」
興味が込み上げて、南波が持つ本を覗き込んでみるけれど、さらりと告げられたあらすじについ率直な感想が出てきた。南波は笑って、「じゃあ、気になるタイトルはある?」と、同じ作者の本がずらりと並ぶ背表紙を示した。
身を屈めて一冊ずつタイトルを見て、短いながらにインパクトがあるものばかりで、小説家ってすげえなと感心が先立ってしまった。
「わ、ご、ごめん!」
前のめりになりすぎたのか、隣にいた南波の体に、とん、とぶつかってしまい、慌てて離れる。
顔を上げると、南波は、「っふ、」と堪えきれないとばかりに笑っている。なんでだ!
「大丈夫、いくらでもぶつかっておいで」
「おかしくねえ!? 南波も避けろよ!」
「ところで、俺のオススメはこれなんだけど」
「話聞けって」
思い切り話を逸らされたけど、南波のオススメは興味がある。
一冊の本を取り、見せられた表紙に、すぐに興味が惹かれた。
「じゃあ、俺はこれにしようっと」
俺の様子に気づいて本を手渡してきた南波は、迷わずに同じ作家の最新作を手に取った。
その二冊を持って、読書コーナーへと戻る。
角のテーブルには、俺たちしかいなかった。
向かい合って座ると、距離が近く感じる。図書室では、いつも南波はカウンターに座っていて、俺は近くの席に座っているから、それに比べれば近くて当然だ。
「南波はさ」
「ん?」
「借りた本は、ここで読むの?」
「ここで読むこともあるし、借りて家で読むこともあるよ」
「本当に、本が好きなんだなー」
感心してしまった。
学校の本も読みまくっているのに、図書館でも借りているなんて。
しみじみ言うと、南波が笑う。
「最近はさ、人に紹介するならどんな本がいいかなって考えながら読むのも楽しくて」
「誰か紹介する人いんの?」
「常連が増えたからね」
「あ」
普通に尋ねたけれど、その言い方に当てはまるのは俺しかいないと気付いて、無性に照れる。
気付かないふりをして、さっさと本を読もうとページを捲ったら、「ふふ、」と笑い声が聞こえてきた。
この南波、楽しそうである。


