何処まで行くんだ?

 フランソワを掴んだ鷲は恐ろしい速度で上昇を続けていた。しかし、それは鷲の意図とは違っていた。ヒナが待つ高木の巣に戻りたいだけなのだ。それなのに、猛烈な上昇気流に押し上げられ、鳥が飛べる限界高度へ達しようとしていた。

 空気が薄い……、

 フランソワは息苦しくなったが、それは鷲も同じようだった。それに、鷲の爪握力が限界に達しているのは疑いようがなかった。

「ワシ、もう疲れた」

 そう呟いて鷲がフランソワを離した瞬間、上昇気流はパタリと止まり、鷲が急降下していった。当然のごとく、鷲から解き放たれたフランソワも物凄い勢いで落下していた。このままでは地上に激突するしかなかった。フランソワの顔が恐怖に歪んだ。

 死ぬ! 

 そう観念した時、奇跡が起こった。この時期にしては珍しい猛烈な偏西風に乗って運ばれてきた長方形の物に助けられたのだ。

 なんだ? 

 その肌触りに驚いた。

 これは……、

 ペルシャ絨毯だった。それも手織りの高級品だった。

 なんという……、

 ふかふかの絨毯に乗った快適な旅が始まった。

        *

 フランソワを乗せたペルシャ絨毯は北へ南へと蛇行しながら太平洋を東へ東へと進んでいき、ハワイ上空に達した。

 確か、手前がカウアイ島で、次がホノルルがあるオアフ島で……、

 おっ、ダイヤモンドヘッドが見えてきたぞ。
 ワイキキビーチも賑わっているようだ。
 水着美女は見えるかな? 
 ……無理か、ちょっと遠すぎる。
 では、ハワイを統一したカメハメハ大王の像は……やっぱり見えない。

 と思っているうちにモロカイ島とラナイ島とマウイ島を過ぎて、ハワイ島の上空に差し掛かった。

 確かボルケーノがあったはずだよな~、

 探していると、噴煙が見えてきた。間違いなくキラウエア火山のようだった。世界で最も活動が活発で、過去30年間に50回以上も噴火している危険な山。

 あそこに落ちたら丸焼けだ、クワバラ、クワバラ、

 フランソワは肉球を合わせて通り過ぎるのを待った。
 その願いが通じたようで難なく通過し、その後は偏西風に乗って快適に東進した。

 おっ、何か見えたぞ。

 アメリカ大陸に違いなかった。海岸線が南北に長く続いている。

 もしかしてロサンゼルスか?

 そうだった。ハリウッドがあり、ビバリーヒルズがあり、大谷が移籍したドジャー・スタジアムがあるロサンゼルスだった。

 おっ、あれはディズニーランドか?

 そうだった。椙子様が両親と毎年行っている本家本元の夢の公園に違いなかった。

 一度行ってみたかったんだよ、ここに。

 いつも軽子と留守番をさせられて腐っていたが、こんな形で実現できるとは思いもしなかった。

 お~い、ミッキー、ミニー、

 嬉しくなって思い切り手を振ったが、その思いが届くはずはなく、あっという間に通り過ぎてラスベガス上空に差し掛かった。すると、スロットの音が聞こえて金のニオイがした。

 スッテンテンにならないでね、

 ギャンブラーたちの幸運を願っていると、左目の端に高い山が見えたような気がした。すぐに顔を向けると、険しい山々が見えた。

 ロッキー山脈だ。

 その雄大な姿に見とれたが、それも束の間、大峡谷の上空に差し掛かった。

 グランド・キャニオンだった。

 次から次へと名所に出くわすので興奮が収まることはなかった。

 それにしても見どころ満載だな~、

 思わず頬が緩んだが、急に風が強くなり、一気にテキサスを過ぎてニューオーリンズの上空に差し掛かった。

 ん? なんか聞こえるぞ。もしかしてデキシーランドジャズか?

 耳を澄ませていると、トロンボーンやクラリネットの音が聞こえたような気がしたが、それもあっという間に聞こえなくなり、前方に大きな半島が見えてきた。フロリダのようだった。

 南に見えるのはカリブ海だろうか? 
 ということは、このまま大西洋を渡るのか? 
 と思った途端、突然、風が止まった。

 えっ? 
 ウソでしょう? 
 やめてよ!

 しかし、嘘ではなかったし、やめてもくれなかった。ペルシャ絨毯ごと急激に落下し始めた。その時、脳裏に何故かバンジージャンプが思い浮かんだが、命綱があるはずもなく、落下スピードは速さを増していた。明らかに命の危険に直面していた。

 なんとかしなくては!

 両足の肉球を合わせてひたすら祈った。しかし、祈りは通じなかった。地面が物凄い勢いで近づいてきた。

 もうダメだ! 
 ぶつかる! 

 観念して目を瞑った時、何かにぶつかった。でも、落下の衝撃は何故か吸収されていた。
 それだけではなかった。逆に空中に放り上げられていた。

 えっ? 
 なんだ? 
 どうなっているんだ?

 目を見開くと、信じられないものが見えた。

 これは……、

 トランポリンだった。それも、見たこともないような大きなトランポリンだった。