「愛・平和・未来……」

 フランソワが呟くと同時に玉留も同じ言葉を口にした。

「そうなの。それがキーワードなの」

 かつてないほど元気になった呂嗚流の横で椙子が頷いた。そして、「チャリティーコンサートをやろうと思っているの。その収益金とCDやビデオの印税で『美ロックス慈善財団』を立ち上げて、地球の環境保護や貧困、紛争解決に役立てる活動をしたいの。協力してくれる?」と同意を求めたあと、具体的なプロジェクトの説明を始めた。それは壮大な計画であり、誰も考えつかないような異次元のプランだった。

「サハラ砂漠の緑化……」

 流石の玉留も腰を抜かしそうになった。

「地球温暖化の影響が世界各地に及んでいるの。大量の二酸化炭素が空気中に放出されて、地球が温室のようになっているの。これをなんとかしなければいけないの」

 椙子は真剣な表情で訴え続けた。

「世界の平均気温はジリジリと上昇を続けていて、今後100年間で更に気温の上昇が確実視されているの。それによって世界各地で異常気象が起こっていて、巨大な台風や竜巻や異常高温や干ばつなど多くの災害を引き起こすことが強く懸念されているの。でも、それだけではないわ。海水温の上昇が海面水位を押し上げて、海抜の低い世界中の島国に水没の恐怖を与えているの。なのに、」

 京都議定書やパリ協定など地球温暖化対策への話し合いや取り組みが行われてはいるが、各国の足並みはバラバラで、その実行力は(はなは)だ疑わしいと椙子は顔を曇らせた。すると、呂嗚流が肩に手を回して引き寄せ、大丈夫だよというように腕を擦った。それで落ち着いたのか、椙子は姿勢を戻して言葉を継いだ。

「政治家任せにしていては地球がダメになってしまうわ。だから、一人一人が行動を起こさなければいけないの。二酸化炭素を排出しない生活を心がけなければいけないのよ」

 化石燃料を使わない生活、例えば太陽光や風力などの再生可能エネルギーの使用拡大、電気自動車や水素自動車への転換、省エネ製品の優先購入、シェアリングの推進など、個人で出来ることを訴えていきたいという。

「そのためにも世界中の人々が注目してくれるイベントが必要だと思うの。誰もがあっと驚くようなことを計画して、世界中の関心を集めたいの」

 それが、サハラ砂漠緑化計画だった。

「植物を素材とした超高性能吸水ポリマーで土壌の水分保持を図って、乾燥に強いナツメヤシを植えて、巨大な森を造る計画なの。それが完成すれば、大量の二酸化炭素を吸収して温暖化防止につなげることができるの」

 多くの国にまたがって広がるサハラ砂漠は面積が約1千万平方キロメートルで、世界最大の砂漠とされているから、緑化計画が及ぼす影響はとてつもなく大きいと力説した。

「アメリカ合衆国とほぼ同じ面積の砂漠がアフリカ北部に広がっているの。その面積は今も毎年拡大しているの。そのことによって昔からその土地に住んでいた人たちは生活できなくなり、貧困や内紛の原因にもなっているの。だから、サハラ砂漠の緑化は地球温暖化防止だけでなくアフリカの安定・発展にも繋がるの。そして、全世界の安定・発展に繋がっていくの」

 大きく頷いた呂嗚流が深刻な表情で付け加えた。

「ヨーロッパの異常高温の原因の一つがサハラ砂漠からの熱風と言われているんだ。それがどれほど大きな影響を及ぼしているか」

 熱波による昨年の死者数は6万人を超えているという。

「もう時間は残されていないの。議論している場合じゃないの。行動を起こさなければならないの。このままでは人類や多くの生物が死んでしまうの」

 そんなことになったら耐えられないと椙子が玉留に訴えた。

 玉留の反応は早かった。

「椙子さん、全面的に協力するわ。毎年1兆円を寄付するわ」

 顔色一つ変えずに即決した。

 なんという太っ腹、

 玉留がまた好きになったフランソワは「ワン♪」と気持ち良く吠えて、「僕は富裸豚覇王様にお願いしてみます。あのお方なら物凄くスケールの大きな支援をしてくれると思います」と尻尾を振った。

        *

「承知した。我が国の最新技術を無償で提供しよう」

 富裸豚の力強い声を聞いて、彼と直接通信できる特別なスマホを持つフランソワの肉球に力が入った。しかし、その興奮はそこまでだった。その最新技術が〈空気から水を取り出す技術〉と聞いて、ガッカリした。

「砂漠は乾燥していますから、それはちょっと……」

 そんなものが役に立つとは、とても思えなかった。

「心配するな、大丈夫じゃ。砂漠といえども湿度は20パーセントから25パーセントくらいはあるのじゃ。それだけあれば十分じゃ」

 自信満々の声が返ってきたが、それでもフランソワは信じられなかった。

「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、それが実用に耐えうるものだとはとても考えられません」

 ドラッグストアで売っている置き型除湿剤しかイメージできなかった。毎日少しずつしか溜まらない水ではなんの役にも立たない。しかし、それを伝えると大笑いされてしまった。

「この技術は公開していないから詳しいことは言えんが、既に大量の水を短時間で取り出すことができる装置が完成しておるのじゃ」

 それは特殊な金属有機構造体を使って空気中の水分を高効率に付着させる技術なのだという。

「でも、そうだとしても、その装置を動かす電源がありません」

 砂漠の中に電線を引くことはできないと否定したが、「太陽があるじゃろ。太陽光発電をすればいくらでも電気は作れる」と平気な声が返ってきた。

 それでも頷くことはできなかった。砂漠に敷き詰められた太陽光パネルの巨大な森を思い浮かべてみたが、そんなものを設置するのは不可能としか思えなかった。それを告げると、また笑われた。

「日本で実用化されている太陽電池の変換効率は20パーセントくらいらしいが、ワシのところの変換効率は60パーセントを超えておるのじゃ。言ってもわからんかもしれんが、特殊な構造を持つⅢ-Ⅴ族化合物太陽電池が実用化できておって、すぐにでも出荷することができるのじゃ」

 金属有機構造体にⅢ-Ⅴ族? 
 なにそれ?

 理解不能だった。脳の海馬(かいば)に押し込もうとしても受け取り拒否をされるばかりだった。基本的な知識の欠片もないフランソワは理解するのを諦めた。その代わり、現実的な問題に焦点を当てた。

「だとしても、その装置で飲み水が確保できるとしても、広大なナツメヤシの森を維持する水量は確保できないのではないでしょうか」

 これには窮すると思ったが、富裸豚は事も無げに返球してきた。

「簡単じゃ。人口雨雲を作ればいいのじゃ」

 ロケットによる人口雲形成とクラウドシーディングという技術を組み合わせれば、雨を降らせることは難しくないのだという。

「先ず、降雨の必要な場所の上空に高高度ジェット気流生成ロケットを飛ばして雲を作るのじゃ。次に、その中に液体窒素を散布するのじゃ。そうすれば自ずと雨が降るようになるのじゃ」

 何事もないかのような淡々とした口調で告げられた。

「でも、それって物凄くお金がかかりそうですが」

 何百億円、何千億円という札束が空を覆い尽くしている光景が瞼の裏に浮かんだ。

「安いもんじゃ。我が国の純資産が1千兆円あることを覚えておるじゃろ。これくらいの出費はなんともないのじゃ。それに、命を助けてもらったお礼としては安すぎるくらいじゃ」

 それを聞いて胸が詰まった。これほどまでに恩義を感じてもらえているとは思ってもいなかった。改めて富裸豚の人間性に惚れ直した。しかし、彼の話はそれで終わらなかった。

「それから、不届き者たちへの対策も提供しよう」

 飲み水や雨水、ナツメヤシの実を狙う悪党どもから守るための手段をすぐに準備できると声が胸を張った。

「それは世界で群を抜く無人防衛技術じゃ。監視カメラ技術、ロボット技術、ICT技術、AI技術、レーザー技術、ステルス技術、透明化技術などを使えば、無人で24時間体制の防衛ができるのじゃ。それにな、」

 そこで、クククッと笑った。

「捕まえた不届き者には全員『悪意霧消カプセル』を飲ませるのじゃ」

 なるほど、悪人を善人に変えて、ナツメヤシ栽培に携わらせるのか、考えていることが深い。見事! 

 フランソワはスマホのメールで座布団を10枚送信した。