「日光浴に付き合わんか?」

 富裸豚の誘いにフランソワはニンマリとほくそ笑んだ。取り入るチャンスがやってきたのだ。しかし、悟られてはならない。感情を表に出さないようにしながらお供をした。

「今日は日本の領土近くの公海に人工島を移動した。あの島影が小笠原諸島じゃ」

 遥か先に島影が見えた。

 あそこが日本か……、

 何故か郷愁のようなものが体の中から溢れてきた。

「日本に帰りたいか?」

 気遣う声が耳に届いたが、すぐさま首を横に振った。富裸豚の治世術をもっと訊き出したかったからだ。

「国家の黒字経営を実践してこられた覇王様の実行力に感激いたしました。爪の垢を煎じて飲ませていただきたいと思っております」

 すると富裸豚の頬が緩んだ。なんと()い奴、と目が語っていた。

 シメシメ、

 フランソワは声に力を入れた。

「覇王様のリーダーシップによって国民の幸福を実現された施策をお教えいただけないでしょうか」

 富裸豚の顔が更に綻んだ。なんというこそばゆい(・・・・・)ところを突いてくるのか、というような表情だった。しかし、それが長続きすることはなく、すぐに引き締まった顔になった。

「リーダーシップ、それは、統率力とも言われておるが、その真の意味を理解していない輩がなんと多いことか」

 一転して富裸豚の顔が曇った。

「組織のトップに立って命令することだと勘違いしている愚か者が多すぎるのじゃ」

 厳しい顔になった。

「権力を持った途端、自らの力を誇示するかのような言動を始めるリーダーのなんと多いことか」

 苦々しく言い放った。それはフランソワも同感だった。そんなタイプのリーダーが最近増えているように感じていた。

「国なら国民を、会社なら社員を幸せにすることがリーダーの務めなんじゃ。なのに、己とその家族、取り巻きを幸せにすることばかり考えている(やから)が多すぎる」

 その通りだった。富裸豚が指摘したレベルの低いリーダーを何十人も思い浮かべることができた。

「リーダーに必要な最大の要素は滅私奉公であり野望ではない。だから、力と富を誇示したいと考えている人物はリーダーになってはならんのだ」

 思わず頷いた。そうあって欲しいと心底から思った。しかし、そんな清廉潔白な人物を思い浮かべることはできなかった。首を振っていると、諭すような声が届いた。

「人は誰でも己が可愛い。そして、欲を持っておる。その欲が良い方に働けば自己の幸福と組織の幸福、そして、社会の幸福が一致する。日本にも良い言葉があるじゃろ。『三方よし!』という言葉が」

 近江商人か、

 頷くと、声が強まった。

「しかし、その欲が悪い方に働けば、自己の幸福と組織の幸福が矛盾するようになる。それは社会の幸福とも相反(あいはん)することになる。政治家だったら収賄(しゅうわい)や便宜供与などに繋がり、経営者だったら売上や利益の水増し、データの改ざん、着服などに繋がる。そして、リーダーによるパワハラ、セクハラ、マタハラもその流れの延長線上にある」

 う~ん、確かに。最近そんなニュースが多いな……、

「コンプライアンスという言葉をよく耳にするが、言葉だけが独り歩きして本質を理解していない輩が余りにも多いのは本当に嘆かわしい」

 そう言われると僕もその一人かも……、

「倫理観を持つことの重要性を理解せねばならない。それは、法律を守るという受け身の姿勢ではなく、『積極的に正しいことをする』という能動的な意志から生まれる」

 電柱にオシッコをする僕には倫理観はないかも……。でも、散歩に連れて行ってくれる椙子様や軽子が水をかけてくれているから大丈夫かな?

「これをしちゃダメ、あれをしちゃダメと言われて大きくなった人間には本当の倫理観は育まれない。小さな頃だけでなく、学校を卒業して社会人になっても、会社から違反事例を叩き込まれて、これをしちゃダメ、あれをしちゃダメと言われ続ける。それでは積極的に正しいことをするという能動的な意志は生まれない。だから、幼少期における両親や教師、社会人になってからの上司や経営者の責任は重いんじゃ。わかるか?」

 なんか道徳教育みたいになってきたぞ、大事なことだけど、このままではちょっと……、

 フランソワは話の流れを変えようと試みた。

「倫理観や積極的に正しいことをする能動的な意志の重要性のご指摘に感服いたしました。僕も常に意識してまいりたいと存じます。そこで一つ質問がございます。高い倫理観と積極的に正しいことをする能動的な意志を持って、覇王様は何を為されたのですか?」

 すると富裸豚が誇らしげな表情を浮かべた。

「国民の将来不安を取り除いたのじゃ」

 ん? どういうこと?

 思わず首を傾げたフランソワに富裸豚の説明が続いた。