「こんなになるまで放っておいて、何やってたんだ日本の政治家は。何十年も前から少子高齢化はわかっていただろうに」
それを聞いて、肩身が狭くなった。先見性のない政治家を恥じるだけでなく、彼らを選んだ国民に対してもガッカリせざるを得なかった。フランソワは思い切り落ち込んだが、そんな様子を気にすることもなく、富裸豚は自国自慢を始めた。
「我が国は緩やかな人口増加が続いておる。それは、若者が家庭を持ち子供を産み育てるための環境が整っていることを意味しておる」
そこで口調に熱が入った。
「我が国には非正規社員などという言葉は存在せんのじゃ。全員が正社員なのじゃ。つまり、同一労働同一賃金が当たり前なのじゃ」
更に力が入った。
「同じ働きをする男と女が同じ賃金を得るのも当然のことじゃ。男女差別なんてあり得んじゃろ。賃金に差が生まれるとしたら、それは成果の差や努力の差があった時だけじゃ」
言い終わると、フランソワの顔を覗き込むようにした。
「日本には非正規で雇用されている人が4割近くもいると聞くが、経営者は恥ずかしくないのか?」
いきなり訊かれて戸惑った。しかし、正直に答えなければならない。
「人件費を抑えるためには仕方ないと言っています」
ありのままを告げた。
すると、「400兆円近くも利益を貯め込んでおいて、何を言うか!」と雷が落ちた。「なんのために会社があるのだ。誰のために会社があるのだ。会社に集うすべての人を幸せにできない会社が存続する理由がわからん」
富裸豚の顔が真っ赤になった。
「仰る通りです」
大臣が間髪容れず同調すると、富裸豚は大きく頷いたあと、ふ~~っと長く息を吐いて自らの興奮を沈めた。
「ところで、日本にはまだ残業という悪しき習慣が残っているらしいな」
フランソワをじっと見つめてから視線を大臣に移した。
「残業を良しとする会社、経営者、上司がいるなんて信じられるか?」
問われた大臣は大きく首を横に振って断言した。
「あり得ません!」
ん~、そうなんだけど……、
フランソワは、社員の側にも問題があることを伝えた。
「生活費を少しでも稼ぐために自ら進んで残業をしている社員もいるのです。中には、家に帰りたくないという理由で残業している社員もいると聞いたことがあります」
「オ~・マイ・ゴッド!」
富裸豚と大臣はほぼ同時に声を発し、沈鬱な表情を浮かべた。
「日本人は人生を無駄使いするのが好きなのか?」
うっ!
フランソワは息が詰まった。
なんも言えねえ。
2人をまともに見ることができなくなった。うつむくしかなかった。しかし、それで許してはくれなかった。富裸豚の皮肉たっぷりの声が飛んできたのだ。
「日本人は変わっとるの~。残業が好きで、赤字が大好物で」
反論できないので肩をすぼめていると、耳をつんざくほどの大声が鼓膜に響いた。
「ワシは赤字が大嫌いじゃ!」
鼓膜が破れる危険を感じて両耳を肉球で強く押さえたが、そんなことはお構いなしに更に大きな声を出した。
「ワシは覇王になってから150年になるが、一度も赤字を出したことがないんじゃ~」
150年? あんたって今何歳?
「赤字は悪! と言い聞かせてこれまでやってきた。身の丈に合った財政支出を心掛けてきた。だから、国民受けするバラマキや補助金には一切手を染めなかった。その結果、150年間黒字を出し続けて、累積黒字が1,000兆円を超えた」
なんと、日本と正反対!
「もし一度でも赤字を出したらワシは覇王を辞める」
毅然とした態度で言い切る姿にフランソワは感動して涙が出そうになったが、その時、首の後ろに微弱な振動を感じた。
ん?
後ろ足で確かめたが、何も触れなかった。
気のせいか……、
フランソワは富裸豚に向き直った。
*
気のせいではなかった。フランソワの首から一匹の虫が飛び立っていったのだ。それは、てんとう虫型の超小型探査ロボットであり、玉留の私的捜索隊長が放ったものだった。
間を置かず、美家に滞在している玉留の受信機が点滅した。捜索隊長からだった。
「玉留様、フランソワ様はアトランティス大国に囚われたようでございます」
「アトランティス大国?」
玉留が目を剥いた。
「千年間鎖国を続けている海底国家の?」
「そうでございます。交易があるのはゴンドワナ大国とムー大国の2つだけと言われている世界最強の海底国家でございます」
「何故フランソワがそこに?」
「理由はわかりません。てんとう虫型の探査ロボットがフランソワ様の首の毛に絡まって毛の映像しか見ることができませんでしたし、密集した毛に阻まれて音声も十分に聞き取れませんでした。先ほどやっと空中に飛び出すことができたので、鮮明な映像と音声を受信することができたのです」
「それで?」
「飛び立った途端、アトランティス大国の富裸豚覇王をアップで捉えました」
富裸豚……、表舞台にまったく出てこない幻の男……、
「ところで、フランソワは無事なの?」
「そのようでございます」
玉留は安堵の余り腰が抜けたようになった。
よくぞ生きて……、
どれだけ苦労したのかと思うと涙が出そうになったが、ハッと現実に戻った。
「どうやって救助する?」
返事を待った。しかし、重苦しい沈黙が続くばかりだった。アトランティス大国はアメリカを凌ぐ世界最強の軍備を誇っているだけでなく、入国できる場所は深海に一か所しかないのだ。しかも、日本との国交はない。忍び込んでフランソワを救出することは不可能と言っても過言ではなかった。
どうしたらいいの?
答えのない疑問がグルグル回って、玉留の苦悩は底なし沼に沈み込んでいった。



