ん?

 フランソワは頭を180度回して首の後ろを見た。違和感を覚えたのだ。しかし、何も見つけられなかった。

 蚤か? 

 まさか。いたとしても長時間海水に浸かっている間に死んでいるはずだ。でも、念のために掻いておこう、

 後ろ足でボリボリと掻きまくった。すると、違和感が消えた。そこで、太鼓腹の男に声をかけた。

「あなた様は何様ですか?」

 物々しい警戒体制の中、ミニブタのビーチパンツをはいて落ち着き払っているこの男は只者ではないと直感したからだ。

「富裸豚覇王様です」

 答えたのは侍従と名乗った年輩の男だった。そして、世界最強であるアトランティス大国の権力者であることを付け加えた。

「アトランティス……」

 絶句した。余りにも現実離れしていたからだ。その国があることは知っていたが、まさかそのトップに会えるなんて思ってもいなかった。

 それに……、

 世界一の美女の愛犬である自分が世界一かっこいいロックスターと出会い、その次は世界一の大富豪、そして、世界一の権力者の下に辿り着いたのだ。なんという幸運だろう。夢みたいな話だ。フランソワは思わず頬をつねった。

「痛い!」

 声を出した時、頭の上から野太い声が聞こえてきた。

「そろそろ帰るとするか」

 富裸豚は太鼓腹に乗ったフランソワを抱き上げ、海中移動船に乗り込んだ。

        *

 凄い……、

 深海へ向かう超大型移動船の窓から深海魚を見ながら、フランソワは驚嘆の息を吐いた。

「我が国の独自技術で建造した世界最大の海中移動船じゃ」

 富裸豚は鼻を高くした。

 独自技術……、

 露見呂嗚流や是仁久留玉留に続いて富裸豚までも同じことを口にした。

 3人には共通点がある、

 そう確信したフランソワは、慎重に言葉を選んで聞き上手作戦を始めた。

「富裸豚覇王様は世界最強の権力をお持ちと伺いました。その権力を何にお使いになるのですか?」

 すると、マッサージを受けてソファで気持ち良さそうにしていた富裸豚が突然立ち上がった。

「権力は国民の幸福実現のためだけに使う」

 予想外の返事だったが、それで終わりではなかった。「己の力の誇示のために使ってはならない」と吠えたのだ。そして、断固とした響きのある声で「己を無にできない者は権力を持ってはならない」と言い切った。

 力と金を誇示する太鼓腹の好色オヤジというイメージとは程遠い発言に戸惑った。しかし、これくらいで動揺してはならない。彼が世界一の権力者であったとしても、自分も世界一の美女の愛犬なのだ。毅然とした声で質問を続けた。

「世界は領土拡大や影響力行使に意欲を燃やす権力者ばかりですが」

 すると、富裸豚は寂しげに頷いた。

「自らの手柄のために権力を行使する愚か者ばかりじゃ」

 大きなため息が出た。

 それからが長かった。どうしてか、沈黙が続いたのだ。それは、子供じみた振る舞いをする独裁者たちへの無言の抵抗なのか、それとも、危機が迫っている世界情勢への憂いなのかはわからないが、とにかく渋面を崩さないのだ。

 フランソワは居たたまれなくなった。といって、口にする言葉も思い浮かばなかった。ただじっと耐えるしかなかった。

 それでも、救いの神が現れた。それは、侍従の声だった。

「まもなく到着いたします」

「うむ。この話の続きはディナーのあとでな」

 やっと口を開いた富裸豚は、王の衣装に着替えるために衣装ルームへと向かった。