「着いたわよ」
音楽を聴いているうちに眠たくなってフルフラットシートで爆睡していたフランソワは、玉留の声で目を覚ました。
飛行場だった。しかし、他に飛行機は見当たらなかった。
「あたしのプライベート飛行場よ」
当然のように言ったが、驚きの余り動悸・息切れが起こりそうになった。フランスの有名なブドウ産地にプライベート飛行場なんてありえなかった。
「ワイナリーの隣接地を買って飛行場を作ったのよ」
事も無げに玉留は言った。
あんぐりと口を開けるしかなかったが、飛行機を降りると、目の前に広大なブドウ畑が広がっていて、見渡す限りすべて玉留の所有地だという。
「株で儲けたお金でワイナリーを買ったの。100億円位だったかしら」
また、事も無げに言った。
彼女はいくら持っているんだ?
見つめていると、心の中を見抜いたのか、「あたしの総資産は40兆円だから、大した買い物じゃないけどね」とさらりと言った。
ハァ~?
40兆円?
ハァ~?
ため息が大きすぎて肺の中の空気が空っぽになったフランソワは慌てて息を吸い込んだ。
しかし、40兆円か~、
でもやっとわかった。MRJが個人で買えるわけだ。彼女にとって50億円なんて大した金額じゃないんだ。月収40万円の人にとっての50円と一緒なんだ。そうなんだ……、
自らを納得させようとしたフランソワだったが、平衡感覚がそれを許さなかった。ふらっと体が揺れたのだ。でも、それ幸いにもたれかかる振りをして玉留に抱きつこうとしたが、すんでのところでかわされた。
とっ、とっ、とっ、とよろけた。
とその時、滑走路に隣接する車庫の扉が開いた。
「ちょっと待っててね」
何事もなかったかのように車庫に入ると、少しして、とんでもないスーパーカーが現れた。真っ赤なフェラーリだった。運転しているのは玉留だった。
フランソワが乗り込むと、「『812スーパーファスト』よ。デザインが気に入ったから即金で買っちゃったの」とサラッと言った。V型12気筒800PPSの7速DTCで、価格は4,000万円だという。専門用語の説明についていけなかったが、凄い車であることは十分に理解できた。
「さあ、あたしのシャトーまでぶっ飛ばすわよ」
ウインクを投げた瞬間、フルスロットルで急発進させた。
なんというスピードだ。お巡りさんに捕まってしまう!
体に震えが来たが、しかし玉留は平然として、「私道だから制限速度は関係ないのよ」と言い放った。
それでも震えは止まらなかった。200キロは優に超えているスピードが恐怖を与えていたのだ。
事故起こさないでね、
両足の肉球をぐっと合わせて、祈るような気持ちで玉留を見つめた。



