――一年経った、夏の神社。
青々と生い茂っている葉の色ツヤが、青空くんがこの世界から消えたことを忘れさせてくる。
神社に手を合わせに来るクラスメイトや部活仲間は減っていき、いまは私と佐知と賢ちゃんの三人に。
青空くんが結んだ絆は、私たちも同じように大切に守っている。
「はぁ〜……。青空くん、元気かなぁ。いま、どうしてるんだろうね」
佐知は拝殿を見上げ、深くため息をつく。
私も見上げたら、額にポツッと雫が落ちた――雨だ。
「あいつ、スマホくらい持っとけよ。こっちから連絡できねぇだろ」
賢ちゃんはため息まじりで、腕を組んだ。
次第に雨足は強くなり、バケツをひっくり返したような豪雨に変わる。
「げっ! 嘘でしょ! 誰か、傘持ってない?」
佐知は肩にかけているカバンをあさったが、出てきたのはハンディーファン。
「あぁ、もう!」と不機嫌に押し込む。
「とりあえず、コンビニで雨が収まるまで待とっか」
私はみんなに声をかけ、頭を押さえながらみんなで走った。
雨の重みでスカートが足にまとわりつき、思うように進めない。
コンビニに到着。
カバンからミニタオルを出して体を拭いた。
しかし、首元に触れた瞬間、大事なネックレスがないことに気づく。
「ない……。ないっ!! うそでしょ」
首筋や胸元も触った。
でも、チェーンの感触がない。
「美心? どうしたの?」
佐知の声にハッと我に返り、足元を見た。
でも、そこにも見当たらない。
「ネックレス、落としちゃったみたい」
「えっ?! それって青空くんからもらったやつ?」
私は眉間にシワを寄せたまま、首元に手をやる。
「マジかよ。最後に触ったのはいつ?」
「下校前。一時間以内に落としたのかも……」
震えた声で辺りを見回した。
でも、雨が反射していて、よく見えない。
「学校か、さっき歩いてきた道かの、どっちかだね。雨が上がったら、一緒に探そう」
佐知の心配を横目に、ううんと首を横に振った。
再び神社へ向かう決心をし、走って軒下を離れる。
だが、賢ちゃんは、すかさず私の手を引いた。
「焦んなって。雨が少し弱まってからにしろよ」
「だめ! あれは私の宝物なの」
びしょびしょの髪の毛の隙間から、賢ちゃんを見つめる。
「おまえが風邪を引いたら、青空が心配するぞ?」
「それでも、いい。探さなきゃいけないの……。だって、私にはあのネックレスしか――」
青空くんがネックレスを首にかけた瞬間が、目に浮かぶ。
「気持ちはわかるけど、今探しても視界が悪いし、時間がかかるだけだぞ?」
「……それでもいい。雨でどこかに流されていっちゃうかもしれないから」
賢ちゃんの手をそっと離し、瞳に涙が溢れたまま、神社へ走り向かった。
頭の中には、ネックレスのこと以外、受け入れられない。
――鳥居をくぐり、石畳の階段をかけ上がる。
息を切らせて、拝殿へ。
生ぬるい空気に肌がまとわりつく中、賽銭箱付近を目でなぞった。
「ない……。ない、ない!!」
水たまりの波紋で、地面が見えにくい。
もう一度参道へ踏み出した途端――。
ズサッ……。
滑って砂利の上に倒れ、手足を打った。
「いったっ!」
雨水は下着まで染み込んできて、体がひんやりとする。
手で涙を拭っていると、青空くんの言葉がふと蘇った。
『僕のことは心配しないで平気。ぬいぐるみに戻っても、ずっと傍にいるよ』
拳をぎゅっと握って、俯いた。
「もう二度と美心を悲しませない。約束するって、言ってくれたじゃない。あれは、嘘だったの?」
放射状の雨は、容赦なく私を叩きつける。
景色に溶け込んでいるかのように座り込んでいると、突然目の前に影が現れ、雨が止む。
見上げると、傘を持った二十代半ばくらいの黒髪の女性が、私に傘を傾けている。
「あなた。もしかして、美心ちゃん?」
初めて見る顔に戸惑い、瞳が揺れた。
「どうして私の名前を?」
彼女の問いは、確認そのもの。
誰かが私の名前を伝えたことに違いない。
でも、一体誰が――。
「どうしてだと思う?」
「えっ……」
「”特例”って、本当にあるんだぁ」
彼女はふっと息を漏らし、遠い眼差しで私を見つめた。
でも、私には彼女が言ってる言葉の全てが曖昧に聞こえる。
「……特例って、何ですか?」
「あ、ごめん……。私たちの夢なんて、関係ないのにね」
テヘッと笑う彼女。
私は首を傾げる。
服に水の重みを感じたまま立ち上がると、彼女は何かを差し出した。
「探し物は、これじゃない?」
指にぶら下がっているのは、私が先ほど落としたネックレス。
手に取ると、青空くんの面影が広がり、胸の奥がじんわりと熱くなる。
心の中で、『おかえり』と呟く。
「ありがとうございます。でも、どうしてあなたがこれを?」
彼女は一瞬よそ見をしたあと、私を見つめた。
「実は、美心ちゃんがここに来たら渡すように頼まれてたの」
「……えっ、誰からですか?」
私がそう聞くと、彼女はサッと目を逸らした。
期待してしまった自分に、少し喪失感を覚える。
一瞬青空くんだと思ったけど、もしそうなら――。
ううん、期待しちゃだめ。
青空くんに会いたくて、人違いしてしまったあの日が、どれだけ辛くて胸を痛めたことか。
瞳を揺らしていると、彼女は前髪をかきあげて、口元を微笑ませた。
「……いいな。私も頑張らなきゃ。ちょっとだけ希望、もらったよ」
彼女は温かい手で私に傘を握らせ、前へ進んだ。
私は雨の中を歩いていく彼女の背中に言った。
「あのっ、これ、あなたの傘」
彼女はゆっくり振り返ると、ニコッと微笑む。
「あげる」
「えっ、でもっ……」
「私からのプレゼント。その傘、あなたの方が必要だから」
どこかで聞いたことのあるフレーズに、胸が震える。
ネックレスをぎゅっと握り、雨に濡れている彼女の背中を見届けた。
――自宅に到着。傘を閉じて部屋に上がった。
なぜか、この傘は見覚えがある。
心の奥に引っかかる記憶が、なかなか思い出せない。
玄関を上がり、洗面所からタオルを取り出し、体を拭いた。
部屋に入ると、空気がひんやりしていた。
悪寒がして、なんとなくチェストに目を向けると、チェストの上に置いたはずのクゥちゃんが消えている。
「う……そ……」
走り向かってチェストに両手をつき、辺りを必死に探す。
クゥちゃんが戻ってくるまで代わりに飾っていた写真立てが、倒れていることも気づかないくらい。
でも、見つからない。
一年前の大雨の日、青空くんがやって来た。
もしかしたら、また会えるかもしれない。
一瞬だけ期待したけど、耳に届くのは無情な雨音だけ――。
「偶然なんて、何度もあるわけないか」
肩を落とし、再びチェストの前へ。
窓の外から聞こえてくる車の走行音が、胸のざわめきに寄り添っている。
青空くんからもらったネックレスだけが、胸元で冷たく光っていた。



