『確かに“Joker”のアカウントは俺のだけど、知らないやつが千紘のこと告発してきたんだよ。たぶん、捨てアカで』
その捨てアカを利用して、杏に伝えたのかもしれない。
少なくともあの時点でOtoの正体を知っていたのは速見くんしかいないから。
ただ、あんなふうに杏が大々的に暴露することは誤算だったんじゃないだろうか。
彼としては、話し合いや理解のきっかけにでもなれば程度の目論見だったと思う。
だからあの日、逃げたわたしをわざわざ追いかけてきたんだ。
罪悪感が滲み出ていて、憎まれ口を叩いてみても悪者になりきれていなかった。
『でも……ごめん。天沢には謝らないといけないな』
そう考えると、何だかその言葉もしっくりくる。
(……なんて、まさかね)
さすがに都合よく解釈しすぎ。彼の言葉を借りるなら、買い被りすぎか。
ジョーカーの暴露予告を受け、救いを求める反面、なんだかんだで怯んだのかもしれない。
矛盾した葛藤を抱えていたから。
だからその前に、わたしにとっての爆弾を投下し、ジョーカーやみんなの関心を逸らそうとした────そんな腹黒い目論見も実のところあったかもしれない。
彼自身、自分のことを“臆病”だと言っていたし。
その方がよっぽど人間くさくて信じられる。
悪者になってでもわたしを救おうとしたなんて、そんな綺麗ごとは似合わない。
彼はそんな善人じゃないし、ましてや偽善者でもないんだから。
『なに、失望したって言いたいわけ?』
『……そうじゃないけど』
その本音を聞いて感じたのは、失望とは確かにちがっていた。
じゃあ何か。いまでもうまく言えないけれど、ほっとしたような嬉しかったような……。
完璧という先入観を抜きにしても、いいところしか見たことなかったし、これからも見せてもらえないと思っていた。
尊敬して感心して持て囃す一方で、たぶんその綺麗さが毒になっていたんだ。
だから、綺麗なだけじゃないリアルを知って何か安心したし嬉しかったんだろう。
速見くんの真意がどうあれ、いずれにしても救われたことは確かだった。
あれくらい大きなきっかけでもなければ、きっといまも自分を一番嫌いなままだっただろう。
きっかけさえあれば人は変われると、行動さえすればきっかけは掴めると、気づかされた。
「おはよ」
昇降口で声をかけられる。
靴を履き替えながら、隣に現れた速見くんを見上げた。
「おはよう」
「何か憂鬱そうだね」
「何で分かるの」
驚いて聞き返すと、平板だった双眸に興がるような色が混ざる。


