取り巻きたちが悲鳴を上げて飛び退く。
 ばしゃっ、とまともに水がかかった一花は、何が起きたのか瞬時に理解が追いつかない様子だ。
 ぽた、ぽた、と髪や顎の先から雫が落ち、机の端からも滴っていた。

「何すんのよ……!」

 ようやく事態を飲み込んだ一花は、マスカラの滲んだ顔で目を()く。
 静まり返った教室の空気に肌を焼かれても、痛くも痒くもない。
 勢いよく立ち上がった彼女に掴みかかられる前に、空いた方の手でその肩を押さえてやった。
 いままで感じなかったけれど、思ったよりも華奢(きゃしゃ)だった。

「あのときのお返し。身勝手な理由で無闇に人を傷つけるあんたなんて、恩人でも何でもない」

 毅然と見返しながら静かに言い放つ。
 すり減った心も溶かされたお金も戻ってはこないから、死んだあのときのわたしへに対するせめてもの(とむら)いだ。
 わなないた一花から、するりと手を下ろす。

「わたしも終わりだけど……あんたも終わりだから」

 訝しげに眉を寄せた彼女の視線が、わたしより後ろに向けられた。
 正確には扉部分に。
 そこには辻くんと、それから速見くんの姿があった。

「千、紘……」

 一花が掠れた声を絞り出す。
 事の一部始終はたぶん、ふたりとも目にしていたはずだ。
 速見くんの前ではずっと猫を被り続けていた彼女の裏の顔も、全員の知るところとなった。
 むしろその幼稚で苛烈(かれつ)な本性を、いままでよく隠し通してきたものだと感心してしまう。
 いや、速見くんならきっと見抜いていただろうけれど。

 ひとつ意外だったのは、一花はステータスのために速見くんを好いていたわけじゃないということ。
 わたしほどの転落ではないとはいえ、彼はジョーカーによってキングの座から追われた。
 それでも気持ちが変わらなかったなら、速見くんは案外、仮面によらず天然の人たらしなんじゃないだろうか。

「ち、ちがうの。これは……!」

 あからさまに動揺する一花に背を向け、彼らとは反対側の扉に向かった。
 背後で(くすぶ)るクラスメートたちのざわめきを耳が拾う。

「ねぇ、Otoが……天沢さんが配信してる」

「えっ、いまの配信されてたの?」

「映像はなくて音声だけなんだけど……」

 廊下に出ると、スマホを取り出して“配信終了”をタップした。
 思わず深く息をつく。
 自分でも気づかなかったけれど、心臓が激しく打っていた。

(……これでいい)