「……言うね、そういうことだったんだ」

 亜里沙は薄く笑った。

「あたしはあんたの方が興味ないんだと思ってた。自分の意見も言わないし、いつも笑ってるだけだし。投げやりなのかなって」

 それは知らなかった。
 嫌われないための慎重な気遣いが、必要以上に距離を生む遠慮になっていたなんて。
 杏も「うん」と同調する。

「何て言うか……気味悪かったかな、正直。なに考えてるのかよく分かんなくて、いっつも腹の探り合いしてる感じだった」

 人畜無害を装ってへらへら近づいてきた、毒にも薬にもならないのらりくらりした得体の知れない人物。
 杏にとってわたしはそんな印象でもあったのかもしれない。

「だからこそ余計不安でいらついたのかも」

 わたしが亜里沙と話しているのを見て、不安感を募らせていったのだろう。
 もしかして自分の悪口を言ってるんじゃ……?
 どうしよう、亜里沙に嫌われたら。
 次の体育のペア決め、亜里沙が自分じゃなく乙葉に声をかけていたら。
 そんなふうに。

 相当(わずら)わしかったはずだ。
 わたしさえいなければ、こんなことに気を揉んだり焦ったりしなくてよかったんだから。

「わたし、ただ勝手に恐れてただけなんだよ。亜里沙を失うのが怖かった。それだけ。亜里沙にとってはそこまでの価値ないって分かってたけど……」

 恩人である彼女の一番の理解者は自分だから、その立場を(おびや)かすわたしがうっとうしかった。
 そういう意味にちがいない。

 自分が必要とするほど亜里沙には求められていないと分かっていても、辛い状況から助けてくれた彼女に対する恩や感謝がよっぽど大きかったんだ。
 きっと、杏という存在を初めて認めてくれたのが彼女だったから。

 卵からかえった雛鳥は最初に目にしたものを親と認識するらしい。
 いつか生物の先生が余った時間にしてくれた、そんな話を思い出した。
 杏にとって亜里沙は、恩人であり友だちであり“親”という依存対象だったのかもしれない。

「ただ……いまとなっては杞憂(きゆう)だったと思う。勝手に敵視して傷つけたね。どうかしてた。亜里沙とも乙葉ともちゃんと話せばよかっただけなのに、卑怯な真似してごめん」

 まさかそんな言葉を杏から聞ける日が来るなんて思いもしなかった。
 責める気も怒る気も湧かない。
 決して美談なんかではおさまらないのに、どうしてかいまは清々しくて仕方ない。