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「おはよう」

 昇降口で声をかけると、ふたりとも驚いたような顔で動きを止めた。
 亜里沙と杏、それぞれに目をやってから歩み寄る。
 わたしに声をかけられたことがよっぽど意外だったのか、逃げることもなく立ち尽くしていた。
 杏を見据えながら口を開く。

Oto(わたし)のアカウントを黒板に晒したの、杏でしょ」

 彼女は息をのみ、いっそう目を見張った。
 やっぱりそうだ。
 速見くんにもう嘘をつく理由はないし、辻くんの様子からしてジョーカーの仕業でもない。
 じゃあ、当初思いついた通りの動機で杏がやったのだと考えるのが妥当だった。

「……何で分かったの?」

 やがて鋭く目を細めた杏が聞き返してくる。
 亜里沙は知らなかったようで、率直に驚きをあらわにしていた。

「強いて言うなら消去法かな。杏は何であんなことしたの?」

 だいたい察しはついているものの、想像ではなく本人の口から聞いておきたかった。
 力なくうなだれるようにうつむいた杏は、ややあってぽつりと語り出す。

「……不安になったの。やっとあんたを追い出せて安泰だと思ったのに、亜里沙がてのひら返したから。亜里沙に見捨てられたら、また辛い毎日が始まる」

 分かりやすく開き直り、腕を組んで言い捨てた。
 わたしを疎んじていたことは重々承知だから、いまさら驚きも怒りもしない。けれど。

「“また”?」

 まるで以前にもそんな日々を送っていたみたいな言い方。
 聞き返すと、杏はため息混じりに答える。

「中学の頃のわたしって、気弱で臆病で……空気壊さないためにいつも無理して笑ってたんだ。あんたと同じ。一花たちと一緒にいたときのあんたと。それを見抜いて、助けてくれたのが亜里沙だったんだよ」

「……なるほど。それでべったりだったんだ」

 気持ちはとても分かる。
 最初にわたしが孤立したとき、声をかけてくれた一花に対して恩を感じたのと似た心境だろう。
 あれは仕組まれたものだったけれど、杏にとって亜里沙は紛れもなく自分を救ってくれた恩人だったわけだ。

 だから、最初からわたしの存在が気に食わなかった。
 わたしはただいるだけで杏の立場を(おびや)かしていた。
 状況が変わり、危機感を募らせて行動に出たわけだ。わたしの息の根を止めるための。

 やっぱり、女子の3人組は残酷。
 毎日毎日、椅子取りゲームで気を張り続けなきゃ自分の居場所すら保てない。
 ぎゅう、ときつく両手を握り締める。