小さく息をつき、澄んだ空を仰いだ。

「賭けたくなったんだ。ちょうどいいきっかけだと思って」

 清々しくそう言ってから、辻くんに目を戻す。

「だから……ありがとう」

 あまりに透き通ったひとことを受け、辻くんは不可解そうに思いきり眉をひそめた。
 理解できない、と言いたげだ。

「……わけ分かんねぇ。恨んでないわけ? 俺のせいで、俺が勝手に誤解してぜんぶぶち壊したせいで、千紘が────」

「うん、だからそのこと。俺はなんて言うか、真っ先に“開放された”って思った。救われた気がしたんだ」

 自分でつくった(おり)に囚われ、出られなくなっていたんだろう。
 そこから出してくれたのが辻くんだった。
 鍵を開けるなんて生優しい方法ではなく、檻ごと破壊するという乱暴なやり方だったけれど。

 辻くんは唇を噛み締め、顔を歪める。

「ごめん」

「だから……」

「じゃなくて。おまえがそんなふうに思ってたなんて、まったく気づかなかった。考えもしなかった。……つか、考えようともしなかった。ばかなことした。千紘を傷つけたいわけじゃなかったのに」

 自分が見たものだけを正しいと信じ、先入観から抜け出せなくなっていたんだと思う。
 エゴに操られていた。
 彼もまた、狭い檻の中で。

「こんなの……友だちでも何でもねぇよ」

 辻くんがそう言うと、速見くんは目を見張る。
 やがて落胆したように目を伏せ、口元に自嘲気味な笑みを浮かべた。
 やっぱそうなるか。そうなるよな。そんな内心が漏れ出ていた。

「……うん、いままでごめ────」

「だから」

 やわく諦めを口にしようとした速見くんだったものの、毅然とした声がそれを遮った。

「これからなろう、友だち」

 顔を上げた辻くんはそう告げると、いつも通りの明るい笑顔をたたえた。
 速見くんがまたしても瞠目(どうもく)する。

「今度は見逃さない。おまえが無理してる瞬間。笑いたくないときは笑わなくていいから。俺もそうする」

 揺れた速見くんの瞳に光が差し込んだ。
 壊れた檻の残骸(ざんがい)と割れた仮面の破片を踏み越えるように、一歩歩み寄ると噛み締めて頷く。

「うん」

 速見くんの顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。