「……千紘」
そう呟いた辻くんは身体を硬くし、表情も強張らせた。
落ち着かない双眸から、動揺しているのが見て取れる。
「何だよ、盗み聞きでもしてたのかよ」
すっとぼけようかいっそ非難しようか決めかねて、まずは確かめることにしたらしい。
「……うん、ごめん」
速見くんの顔にいつもの笑顔はなかった。
ただ、辻くんの本音を聞いてショックを受けているとかそういう気配もない。
あくまで冷静そのもの。
いまさら何も見ていない、聞いていない、気づいていないふりをしてうわべだけの関係を続けようという気もないらしい。
それを受け、辻くんも観念したようだ。
腹を括ったように開き直る。
「あっそ。じゃあ言うけど、俺がジョーカーだよ。ここでおまえらを盗撮してたのも手紙破ったのも俺。でも、だったらどうする? 責めにきたのか?」
ふてぶてしく両手をポケットに突っ込み、冷笑をたたえる彼は悪役にしか見えなかった。
たぶん、心のどこかでは過ちに気づいていたんじゃないだろうか。
けれどあとには引けなくて、進むしかなくなっていた。
速見くんは一度視線を落としてから再びもたげ、静かに答える。
「……謝りにきた」
「え?」
「俺は、騙してるつもりなんかなかった」
思わぬ言葉に、辻くんは目を瞬かせて困惑していた。
呆気に取られ、眉を寄せる。
速見くんの語り口は慎重だった。
蝋で固められた彼の心に届く言葉を、懸命に探して選んでいるような。
「ただ……そうするのが義務だって、ずっと思ってきた。完璧じゃなきゃ俺には価値がないって。嫌われるって。でも、ぜんぶがぜんぶ嘘なんかじゃない。寂しくても、心から笑えてるときだってあった。拓海と話してるとき、俺は楽しかったよ。本当に」
瞳を揺らがせた辻くんが「千紘……」と呟く。
そこに当初のような敵対的な響きはなかった。
「あと、俺……分かってた。“Joker”の正体。トランプやったときにおまえが言ってたこと思い出して。あのタイミングでそんな名前つけるの、おまえしかいない」
これにはわたしも驚いてしまう。
じゃあ、最初からぜんぶ分かった上であえて辻くんのてのひらに乗ったんだ。
「……マジかよ。なら何で止めなかったんだよ? 間に合ったのに」
「何に?」
聞き返しながら、困ったように速見くんが笑う。
辻くんは口ごもり、結局つぐんでしまった。
ジョーカーが辻くんであることを先に公表してしまえば、単なるいたずらとして笑いごとで済んだだろう。
少なくともあんなふうに暴露されることもなかった。
速見くんも承知していたはずだけれど、いまのリアクションからして、最初からその気なんてさらさらなかったのだと思う。


