わたしも同じだ。
 亜里沙や杏とのことも、一花たちとのことも中途半端で曖昧なまま、目に入れないようにやり過ごせばいいと諦めていた。
 傷ついて恥をかいて損をして、未熟なアイデンティティを否定されたら、この狭い世界が壊れてしまう。
 だから必死で誤魔化そうと。

 きつく両手を握り締め、顔を上げるとまっすぐに彼を見据える。

「……辻くんこそ。ちゃんと速見くんと話したの?」

「だから俺は見たんだって。あいつが読みもしないで手紙捨てたとこも、くだらないって吐き捨てたとこも」

 手紙というワードにぴんと来た。
 昨日、ジョーカーが載せていた画像。あれのことだろう。

「そうかもしれない。けど、1回見たのは事実でもあとは想像で補ってるだけじゃん。都合のいいように」

 辻くんはジョーカーの名を着ることで、自分の正義感に酔っている。
 みんなを守るという大義名分を果たす英雄(ヒーロー)になるためには、速見くんに悪役(ヒール)でいてもらわないといけない。
 だから、断片的なパズルのピースを無理やりはめ込んで、思考をねじ曲げて、速見くんはひどい人間だと思い込むことで、正しさを証明しようと躍起(やっき)になっているんだ。

 予想外の反応だったのか、辻くんは気圧されたように言葉を失っていた。
 ややあって立ち直ると、ばつが悪そうに言う。

「それは……でも、俺だけじゃない」

「どういうこと?」

「確かに“Joker”のアカウントは俺のだけど、知らないやつが千紘のこと告発してきたんだよ。たぶん、捨てアカで」

 スマホを取り出すと、軽く操作して画面を提示してきた。
 SNSのダイレクトメッセージだ。

【壊すならその手で】

 そんな相手のひとことから始まり、ジョーカーが投稿してきたのと同じ文言が並んでいる。
 速見千紘は嘘つき。偽善者。卑怯者。
 それぞれ投稿に添付されていた動画や画像は辻くんが撮ったみたいだけれど、あのトーク画面のスクショだけはこの謎の捨てアカが送りつけてきたのをそのまま引っ張ったらしい。

「この人は……速見くんを恨んでる?」

「そう思う。ジョーカーとして暴露してやろうってのは、正直このDMが決定打だった。千紘に傷つけられた人がいるんだって実際分かったら、黙ってちゃいけないと思って」

 違和感のようなものが胸に巣食う。
 一連の暴露劇は辻くんが黒幕だと思っていたけれど、そういうことなら彼も(そそのか)されただけのような気がする。
 その正義感を利用されたと言っても過言じゃない。
 じゃあ、この匿名の捨てアカの正体は誰なんだろう?

 そのときだった。
 ふいに辻くんの視線がわたしの背後に向く。
 つられて振り向くと、開け放たれていた扉の枠の部分から誰かが現れる。