公開範囲:すべて


 ────ある日の放課後、たまたま見てしまった。
 千紘とほかのクラスの女子が連れ立って裏庭に向かうところ。
 そんなのは初めてじゃなく、むしろ日常茶飯事。
 頻繁に裏庭に呼び出されては告白されていることも、そのぜんぶをなぜか断っていることも俺は知っている。

 今回も同じなんだろうか。
 誠実と言えばそれまでかもしれないが、見てしまったものは仕方ないから聞いてみたい。
 なぜ誰の想いも受け入れないのか、戻ってきたらからかってやろう。



 昇降口に隠れて待っていると、ややあって千紘の姿が見えた。
 そのまま帰るでもなく校舎内に入ってくる。
 ちょうどいい。いじっていたスマホをしまって歩み寄ろうとした。

 そのとき、千紘はおもむろに手にしていた封筒に目を落とす。
 いまどきラブレターか何かか? 健気(けなげ)な子だ。
 そう思っていると、あろうことか彼がそれをぐしゃりと手の中で潰した。

「……くだらな」

 呟いた次の瞬間、ごみ箱に放り込む。
 いつの間にか俺の足は止まっており、唖然とその光景を眺めていた。
 千紘の顔には何の色もなく、ひどく冷酷に見える。
 衝撃のあまり動けないでいるうちに、彼は俺に気づかず昇降口から出ていった。

「嘘だろ……」

 やがて金縛りが解けて我に返っても、しばらく目に焼きついたまま離れなかった。
 信じられない気持ちでごみ箱に近づく。
 パック飲料やプリントなんかのごみに紛れ、ぐしゃぐしゃに丸められた封筒が確かにあった。
 見間違いじゃない。
 そろそろと手を伸ばして拾い上げ、そのまま広げてみる。

 “速見くんへ”

 封筒にはそう書かれていて、裏返してみるとシールで封がしてあった。
 開けてもいない。読む気もない。
 相手の気持ちなんて少しも考えることなく、マジで捨てたんだ。

(何かの間違いだよな?)

 たとえば相手の子が無理やり押しつけて、千紘に嫌な思いをさせたとか。
 むしろそうであって欲しい。
 あいつに限って、こんなことありえないんだから。

 気づけば俺はその封筒をポケットにねじ込んでいた。
 こんな目立つとこに捨てて、相手の子本人にバレたら……。
 いや、ちがう。
 信じたくなかった。
 千紘にあんな本性があったなんて思いたくなくて、ぜんぶなかったことにするためだ。
 ぐるぐる渦巻く思考に囚われながら、ポケットの中の存在感に怯みながら、逃げるように家へ帰った。



 次の日、どう接すればいいのか分からないまま顔を合わせた。

「おはよ」

「……あ。はよ」

 気づいていないんだから当たり前かもしれないが、俺に対する千紘の態度はこれまでと何ら変わらない。

「どうした? 何かぼーっとしてない?」

「いや……ちょっと寝不足でさ」

「また遅くまでゲームしてたんだな。俺も誘ってよ」

 人懐こくて憎めないのもいつも通り。
 もちろん周囲に対する笑顔も振る舞いも完璧で、何ならあの冷たい様子は幻だったんじゃないかと思えるほど。