帰り際、速見くんの背中に声をかけようとしたときだった。
辻くんに先を越され、反射的に振り返る。
「ちょっと大事な話あるんだけど、いい?」
妙に真剣に告げられ、図らずもどきりとする。
身構えてしまいながらも頷いた。
ふたりで屋上に出ると、案の定と言うべきかほかにひとけはない。
ジョーカーが潜んでいる様子もなかった。たぶんだけれど。
ふちの方まで歩み出た辻くんはフェンスに腕を乗せた。
下からは放課後の賑やかな声が響いてくる。
わたしは何となく屋上の真ん中あたりで足を止めて、その後ろ姿を眺めた。
「あー。部活休みになるのはいいけど、テストだるいよな」
「……話って?」
切り出すタイミングを窺っているようなクッションが挟み込まれ、わたしは単刀直入に尋ねた。
一拍置いて辻くんがこちらを向く。
「乙葉ってさ、千紘のこと好きなの?」
想定外の問いかけに目を瞬かせた。
もしかして、それが“大事な話”なんだろうか。
「恋愛感情っていう意味なら、そんなことない。別に好きとかないよ」
疎んじてむしろ嫌っていたのに、話してみて印象が変化した。
人としてという意味なら、いまは正直嫌いじゃない。
その人物像がくっきりふちどられて見方が変わったんだ。
正反対だったはずの彼に親近感を覚える日が来るなんて夢にも思わなかったけれど。
辻くんはフェンスに預けていた身体を起こし、眉をひそめる。
「でもよく話してたし、今朝も庇ってたじゃん。何で?」
「庇ったっていうか、あれは……ただそういう可能性もあるんじゃないかと思って」
「あいつのこと信じてるんだ」
思わぬ追及が続き、ついたじろいだように目を逸らしてしまう。
「よく分かんない。信用はしてないけど信頼はしてる……みたいな感じ?」
「それこそよく分かんないけど」
彼は苦笑しながら肩をすくめた。
どことなくせせら笑っているようにも見えて、困惑しながら半歩踏み出す。
「それで言うなら辻くんこそ。何でいつもわたしを気にかけてくれるの?」
「それは……」
躊躇でもするようにその視線が泳いだ。
心臓がざわめく。
自意識過剰だろうか。
だけど、辻くんの言った理論通りならその理由はひとつ────。
しかし、彼の答えはそんな浮ついたものじゃなかった。
顔をもたげた辻くんは鋭い眼差しで、予想だにしない返答を口にする。
「俺がジョーカーだからだよ」
◆
俺は千紘の親友だ。
容姿や人格に優れ、勉強にも運動にも秀でる完璧な彼のことを尊敬している。
そんなあいつと親友であることが誇らしくもあった。
俺は千紘の親友だった。
少なくとも俺はそう思っていたし、あいつもそう思ってくれていると信じていた。


