「何でわたしが? だったら、自分の秘密あんなふうに晒すわけない」
だけど、この程度で大人しく引き下がる一花じゃなかった。
「屋上で千紘と何か言い合ってたじゃん。あのとき、バラすバラさないとかで揉めてたんじゃないの」
「……ちがう。だから、あれは」
「じゃあなに言い合ってたわけ?」
言い訳を組み立てる隙も与えられないまま、彼女のペースに飲まれてしまう。
ある意味合っているから完全に否定もしきれないで困っていると「まあまあまあ」と宥めるような声とともに辻くんが教室に入ってくる。
「落ち着けって、な? 乙葉はいま関係ないだろ」
「何よ、全員を犯人扱いしといて自分は無関係なんて都合のいい話ないでしょ」
「いや、でもみんなにジョーカーの可能性があるってのは正論なわけだし。そんなことより、千紘の心配してやれよ。犯人探しなんかあとでいいって」
少し前から着いてはいたものの、教室内の異様な空気を感じ取って入るタイミングを窺っていたらしい。
ひとり冷静な辻くんは、気後れすることもなく速見くんの机に寄っていく。
速見くんは意外そうな、どこか面食らったような様子でそんな辻くんを凝視していた。
「なあ、大丈夫かよ。色々勝手なこと言われてるけど」
「……平気。ぜんぶがぜんぶいい加減ってこともないし」
「まあ……平気ならいい。よく分かんねぇけど無視でいいからな、あんなの」
辻くんはそれからわたしに向き直る。
「乙葉も。大丈夫? 言ったら被害者なんだし、疑われる筋合いなんかないよな」
「……ありが、とう?」
ふいに注がれた優しさで、ささくれ立っていた心がならされる。
さすがはムードメーカーだけあって、速見くんとわたしを攻撃しようという教室内の刺々しい空気感をいとも簡単に和らげた。
完全にとはいかず、クラスメートたちの目には不信感が宿っていたから一時的だろうけれど、それでも。
一花もため息をついたものの、それだけに留まり、積極的に陰口を叩こうとする人はひとまずもういない。
この場は彼もわたしも助けられた。
(何か、やけに気にかけてくれるなぁ)
普段と変わらない調子で速見くんに話しかける辻くんを眺め、内心首を傾げてしまう。
もともとそこまで親しいわけじゃなかったはずなのに。
お陰で救われた場面も少なくないのだけれど。
今日は終始、微妙な空気感の中で過ごす羽目になった。
辻くんだけはいつも通りだったものの、速見くん含めみんな何となく様子を窺っているような気配があって居心地が悪い。
わたしだけがはれものだったときより酸素の薄さはマシだけれど、わたし自身は相変わらずひとりで過ごした。
それでもやっぱり何となく、昨日速見くんと話したからか、前より視界が明瞭に澄んで感じられる。
ひとりでいることに変な後ろめたさを覚えずに済んだのはそのお陰かもしれない。
「乙葉」


