「でも、そんなの苦しいに決まってる。だって、本音と行動がかけ離れてんだもん。無意味だって分かってるのに……。だからそれを紛らわすために、言い訳して正当化して我慢してきた。けど、やっぱり本当は諦めきれなかった。自分を偽らなくても受け入れて欲しいって」

 彼女に言っているのか、自分のことを言っているのか途中から分からなくなった。
 立場はちがっても、それくらい似たもの同士だと思う。
 痛々しい共感性羞恥(しゅうち)を覚えるほどだから。

「天沢は……その願望を僕やOtoに投影してたんだよ」

 はっと息をのんだのが傍目(はため)にも分かった。
 視線をさまよわせたままうつむく。

 天沢がこれまで蓋をして、どうにか押さえつけてきた側面をこじ開けてしまった。
 また“何も知らないくせに”と怒らせただろうか。

 言葉を探していると、開きかけた唇の隙間から、意図していない台詞がこぼれ落ちていく。

「……ごめん。さっきの、母親がどうこうっていうのはたぶん後づけ」

 自分自身も戸惑っているうちに、ありのままの本心がさらけ出された。

「正直……自分がそうしたくて続けてたんだ。まあ、きっかけは確かに母親の言葉だったから、最初は意識して自分を変えてみた。ちょっと素直になったら、先生にも褒められたし友だちも増えた。それが気持ちよかったんだよ」

「だから、なんだね」

「そう。だから、もっと褒められたくて勉強も運動も頑張った。落としものは積極的に拾ったし、班決めであぶれてる子には迷わず声をかけた。善人じゃなくても、善人のふりをしてみたら色々うまくいって……自分に酔えた。ほんのちょっとだけ、自分を好きになれた気がした」

 緩やかな風が、折り重なるようにして知らないうちに堆積(たいせき)していたわだかまりを攫っていく。
 気まぐれに素直になれたのは、そんな些細な理由から。

 冷静に考えてみても、何で天沢とこんな話をしているのか分からない。
 何で彼女に話したんだろう。
 だが、奇妙で不思議なこの時間が訪れなければ、ずっと(おり)のように濁り続けていた。

「……わたし、中3のときぼっちだったの」

 長い沈黙を経て、おもむろに彼女が口を開く。
 なるべく平坦な態度を装いたいのか、微かに笑いながら。
 あ、と慌てたように続ける。

「いじめられてたとかじゃないよ。ただ、始業式の日に熱が出て休んだら……出遅れたってだけ」

「前のクラスの友だちとかは?」

「全員、クラス離れたの。みんな新しいクラスで新しいグループが出来上がってたし、何かもう……気づいたらわたしの居場所なくなってたんだよね」

 ぎゅう、と柵を握るその手に力が込もったのが分かった。
 話しづらそうなのにやめない。
 だから僕はただ、黙って聞いていることにした。

「理由もなく孤立するって、しんどい。いっそのこと嫌われた方がマシって思える」