急に喧嘩を売ってきたのかと思ったが、どうやら僕のことではないらしかった。
 いや、僕も十分薄っぺらいと思うけれど。

「朝、あの投稿があったとき、速見くんの言い分を聞く前から“幻滅した”とか騒いでる人がいたんだよ」

「それが?」

「確かに普段の顔は表向きのものかもしれない。けど、そのときだって本当の自分が奥にいるわけでしょ。逆もそう。だから、どっちかが本性とかニセモノとか……そういう括りはちがうんじゃないかって思った」

 もう意地悪く茶化す気にはなれなかった。
 懸命に紡がれる言葉が自然とまっすぐ響いてくる。

「単なる一面……いままで見えてなかった部分が浮かび上がってきただけ。いいところも悪いところも、ぜんぶひっくるめて速見千紘って人間じゃん。その価値を他人が決めるのはお門違いでしょ」

 図らずも瞳が揺らいでしまう。
 その動揺を誤魔化すのも忘れ、ただただ圧倒されながら聞いていた。いや、聞き入っていた。

 何であれ、人は誰かと関係を築くことを余儀なくされる。
 だから規範や我慢や多少の窮屈さは必要だ。
 それでも、それで自分を見失っていたら本末転倒というものだろう。

「人って思ったより他人に興味ないから、速見くんがどんなひとだろうと“ふーん”程度で済むんじゃない? 非難したり賞賛したり、それって結構()()に操られてるだけってことも少なくないし」

 そうか、と思う。
 自分を一番追い詰めていたのは、ほかでもない自分だったのかもしれない。

 ついまじまじと彼女を眺めていたら、居心地悪そうな眼差しが返ってきた。
 熱の込もったようなシャツの中を軽やかな風が通り抜けていく。
 それがあまりに心地よくて、思わず、また笑った。

「……ひとの顔見て笑わないでくれる?」

「ちがうって。びっくりしたんだよ、天沢がそんなこと言うなんて」

 ひとしきり笑ってから言うと、彼女はいっそう不満気に顔をしかめる。

「悪い?」

「全然。……たぶん、天沢もその言葉を望んでたんだろうなって」

 癖づいた擬態(ぎたい)のせいで僕は人一倍、他人の機微(きび)に敏感だった。
 天沢自身は気づいていなかったのか、不意を突かれたように「え?」と目を見張っている。

「嫌われたくなくて、自分を偽ってきたって言ってたよね。空気読んで周りに合わせて。それって、他人軸で生きてきたってことでしょ? 自分を押し殺して、必死で周りの価値観に染まろうと」

 ────本当の自分なんて見せたら嫌われるでしょ。

 いつかの彼女の重たげな声が耳の奥で響いた。
 天沢も思い出したのか「ああ……」と表情を強張らせる。