ジョーカーによる投稿の話だと分かった。
 速見千紘は嘘つき────教室ではとぼけて切り抜けたものの、実のところずっと気にしていたのかも。

「まあ……でも、裏がない人なんていないでしょ」

 淡々と言葉を返す。
 深く考えなくても、思ったことが口に出た。
 視線を上げた彼が首を傾げる。

「天沢みたいに?」

「……速見くんよりはマシ」

「絶対そんなことないと思うけど」

 意外なことに、彼は笑った。
 学校で散々見てきた完璧な笑顔でもなく、わたしにだけ見せた嫌味な冷笑でもない。
 ただ純粋に、おかしそうに笑っていた。

「でも、何か」

 そんな彼を見ていたら、また勝手に言葉がこぼれていく。

「あんまりダメージ受けてなさそう」

 思わぬ暴露を受けても、わたしみたいに取り乱したり動揺したりする素振りは一切ない。
 時間が経って落ち着いたとか、そういうわけでもないだろう。
 教室で見た。彼は直後から冷静だった。

「自信でもあるの? 本性がバレても嫌われないって」

 いつかの速見くんみたいな声色になった。
 責めたり皮肉を言ったりしているんじゃなく、単に疑問をぶつける。

「いや、そんなんじゃないよ。ずっと思ってたけど、天沢は僕のこと買い被りすぎ」

「じゃあ……速見くんっていったい何なの? ステータスのためじゃないなら、何で本当の自分を隠してるの?」

 たまらず尋ねると彼はそっと目を伏せる。
 キングの仮面も、無地の仮面も、とうに剥がれ落ちていた。



     ◆



 僕が小さい頃から病気がちだった母親は、入退院を何度も繰り返していた。
 だから母との記憶は大概、病室でのものばかり。

『いい子でいてね』

 お見舞いに行くと、別れ際必ずそう言われた。
 あれは小5のときだったか。
 その日もいつもと同じようにそうやって微笑みかけられ、僕は目も合わせないで「うん」と答えた。

 母が病院にいることも、僕が見舞いに行くこともいつの間にか当たり前になって、日常の一部と化していた。
 もちろん、その病状が心配じゃなかったと言えば嘘になる。
 だけど、神経質になるほど重く受け止めてもいなかった。

 だから、母親の死は突然だった。
 いや、本当はいつそうなってもおかしくないと言われていた。
 だが、お見舞いに行くたび見せる笑顔に安心しきっていたんだ。

 思春期とやらで、わけもなく照れくさくて、まともに会話しようともしなかった。
 ろくに話も聞かないで「うん」とか「ああ」とか適当な返事で済ませてきたことを後悔する。
 あまりに幼稚で無邪気だった。
 変わらない明日を盲信していた。

 いい子でいてね────唯一、まともに思い出せる母親の言葉はそれだけだった。
 それがきっと、母の最後の願いだった。