「えー、嘘でしょ。せっかくの金曜日の夜だよ? まだまだこれからなのに!」
「そうだよー。行こうよ、乙葉。3人の方が楽しいって」
心にもないことを、と胸の内で杏を笑う。
わたしがいない方がせいせいするくせに。
それでも渋っていると、ふたりの、もとい亜里沙の顔に呆れと苛立ちの色が宿り始める。
「何なの、もー。ノリ悪すぎ」
「ごめんね、本当。何かもう迎えにきてるらしくて……。過保護すぎて勘弁して欲しいよ」
嘘だけれど、そう言えばそれ以上強気には出られないと分かっていた。
わたしじゃなく親を悪者にしておけば、わたしの印象の下がり方も最小限に抑えられる。
「あーあ、しょうがないなぁ。じゃあ今日は見逃してあげるから。また月曜日ね!」
「うん、ありがとう。ごめんね」
「じゃあね、乙葉ー」
「ばいばーい」
手を振ってきびすを返すと、貼りつけていた笑みを剥がした。
引きつっていた頬がいくらか弛緩し楽になる。
(何が“見逃してあげる”だよ。ノリ悪い? 自己中すぎ。あんた中心に世界が廻ってると思ったら大間違いだっつの)
どうにか飲み込んだ言葉が心の中であふれ出す。
ダムが決壊し、堰を切ったように。
(だいたい、何時間もくだらないおしゃべりに付き合わされたこっちの身にもなれよ。あんたののろけとか自慢話とかマジで興味ないし)
だけど、分かりやすい亜里沙よりも杏の方が鼻につく。
(亜里沙の金魚の糞でしかないくせに、わたしを見下せば優位に立てるとでも思ってんの?)
過去に縋りつかないと自分の存在意義すらアピールできないのに、思い上がりもいいところ。
本気で亜里沙に必要とされているとでも?
残念、中学が同じってだけで謎の仲間意識を覚えているだけ。もしくは切るに切れないでいるだけ。
だけど、それでもわたしが杏の存在を越えられていないこともまた事実だった。
ペア決めのたび、ライブの話を聞くたび、中学時代の思い出を蒸し返されるたび、痛感する。
「ねぇ、わたしたちだけでもカラオケ行こうよ!」
後ろからそんな声が響いてきた。
杏が聞こえよがしにわざわざ大きい声で言ったのだ。
(……うざ)
提げた鞄からイヤホンを取り出すと、イライラしながら耳に突っ込む。
音楽アプリには例のアーティストのプレイリストが追加されており、昼休みのやり取りを思い出しては余計に鬱憤を募らせるのだった。


