「さあ……俺にも分かんない。何のことだろう」
ぬけぬけととぼけた速見くんだけれど、誰もそれ以上に怪訝さを呈することはなかった。
辻くんも数度頷いて「じゃあ」と言う。
「あれか。人気者の千紘に嫉妬した誰かが陥れようとした的な」
同調や納得の声が上がった。
わたしの一件と顛末を踏まえ、同じようなやり方で速見くんを孤立させようとしたんじゃないか。
ひとまずこの場はそんな結論に落ち着いたようだ。
「気にすんなよ、千紘。こんなのただのいたずらだろうからさ」
「うん、そうする。サンキュ」
笑顔を交わすふたりを眺め、わたしはひとり腑に落ちないでもやもやしていた。
ジョーカーの正体は杏だと思っていた。
だけど、それだと辻褄が合わない。
杏には速見くんを貶める動機なんてないから。
それに、ジョーカーが動画を撮ったのだとすると、わたしが来るより前から屋上に潜んでいたことになる。
あのとき、杏は教室にいた。
少なくとも彼女に撮影することは不可能だ。
────おまえの裏の顔を暴露する。
その“おまえ”って、本当にわたしのことだったんだろうか。
黒板に書かれていたのは、確かにわたしにとってかなり痛手の告発。
けれど、ジョーカーの仕業なのかどうかは曖昧だった。
その点、速見くんはジョーカーに名指しで非難された。
つまり“おまえ”というのは、彼のことだったんじゃないだろうか。
(じゃあ……ジョーカーは誰?)
杏じゃないとすると、いったい誰なんだろう。
わたしを陥れ、速見くんを暴くことで利する人物────。
何が目的?
ひとつ言えるのは、この程度の投稿は序の口に過ぎないということだ。
たぶん、こんな中途半端な状況で満足なんてしない。
得体の知れない気味の悪さが肌を這い、胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
校門を潜ると、いくらか呼吸が楽になる。
注目から解放されてため息をついた。自意識過剰な勘違いだったらどんなによかったか。
速見くんの件が早々におさまると、またしてもわたしが的になった。
あの暴露を上回るインパクトのある出来事が起こるかみんなが飽きるまで、ただ待つことしかできない。
諦めて鞄を肩にかけ直すと、前の方に見える後ろ姿を追って歩いた。
駅へと続く大通りを逸れ、脇道へ入っていく。
このままタイミングを逃しそうで、わたしは速度を上げて彼の前に出た。
「……なんだ」
驚いたように目を見張った速見くんは、ややあってそうこぼす。
「ひとを驚かせるのが好きなの?」


