「……やっぱり」
ほとんど声にならないようなそんな呟きは、たぶん隣の席であるわたしにしか聞こえなかっただろう。
やっぱり、って何がだろう?
驚いてはいるようだけれど、昨日のわたしみたいな動揺は見せなかった。
だけど、わたしのほかにも速見くんの本性を知る人がいたなんて意外だった。
だとして、ジョーカーは何のためにこんなことを?
これもまた、悪意しか感じられない。
「なあ、千紘……。これ何? どういうこと?」
辻くんが訝しむような不安気な表情で尋ねた。
この場にいる全員、同じ疑問を抱いていることだろう。
速見くんは肩をすくめ、困ったように眉を下げる。
「何、って言われても……」
「乙葉と口論してるみたいに見えるけど、何があったんだよ?」
ふと辻くんの目がこちらにも向き、つい怯んでしまう。
どちらかと言えば責められるべきはわたしだと思った。
屋上での件はほとんど八つ当たりでしかない。
冷静に考えると、あの暴露をしたのが速見くんとも限らないからだ。
「それは……」
言いよどんでしまう。
さすがの速見くんも、昨日の態度にうんざりしてわたしを売るだろうか。
“嘘つき”なんて指弾されたままでは、完璧な名声に傷がつきかねない。
この窮地を挽回するには、わたしひとりをはみ出し者に仕立て上げておくのが賢明だろう。
そう思ったものの、彼は臆せず言ってのける。
「いや、口論って言っても喧嘩とかじゃないよ。昨日、教室でのあれでパニックになってたみたいだったから心配で追いかけただけ」
弾かれたように顔を上げる。
なに、まさか庇ってくれた?
軽率にも彼を傷つけ、醜態を晒しただけのわたしを。
それとも、ただの言い訳?
「なんだ、そっか。そうだよね、速見くんのことだし」
ふっと一気に空気が周りの緩み、ぬるくなっていく。
さすが彼が積み上げてきたものは伊達じゃなかったみたいだ。
「てかさ、これってあれじゃないの? ほら、最近よくあるフェイク動画みたいな。まあ、それか千紘は誰にでも優しいから……」
腕を組んでいた一花もまた、そんなふうに納得している様子だった。
投稿のせいで速見くんに向けられていた不信感なんかは一掃されたかに思われたものの、意外にも辻くんだけは釈然としていないようだ。
「じゃあ、ここにある“嘘つき”ってのは?」


