そう言ったのは驚いたことに一花だった。
 しん、と水を打ったように静まり返る。
 はっと顔をもたげると、一花の笑みが歪んだ。

「そんな嘘つきに構っても時間の無駄だって。虚言癖がうつるよ」

 目の前が一気に暗くなり、冷ややかな嘲笑の不協和音が響く。
 射し込んだかに思われた一縷(いちる)の望みはあえなく(つい)えた。

 ……そうだった。
 彼女たちは所詮、一花の代弁者。
 投げかけられた言葉の数々は一花の思うところなわけだ。
 彼女がわたしを助ける理由なんてない。

 好奇と不憫(ふびん)に思う気持ちとが混ざったような視線に晒されていた。
 ひどく屈辱的な気分。
 わざわざクイーンに楯突いてまでわたしを助けてくれようとする人も、いるわけがなかった。

 チャイムが鳴って、それぞれが席に戻っていく。
 審判(しんぱん)の鐘みたいだった。
 立場も居場所もステータスもすべて失ったわたしは、たぶん完全に孤立することになる。
 あれほど恐れ、忌避(きひ)していたひとりになる。

(でも、何で……)

 何で一花はわざわざ、持ち上げて落とすような真似をしたんだろう。
 最初から友だちになる気もなかったなら、なぜ一度グループに引き込んだのか分からない。
 散々搾り取って、ばかにして、最後にはこんなふうに侮辱して。
 悪意しか感じられない。

 そのとき、ふいに隣で椅子が音を立てた。
 いつの間にか速見くんが戻ってきたらしい。
 うつむいていたから気づかなかった。

(あー……そういうことか)

 ふと、ひらめくものがあった。
 脳裏(のうり)にいつかのトイレでの出来事が蘇る。
 濡れた前髪や湿ったブラウスの張りつく感覚まで生々しく思い出された。

 思いきり水をかけられていたあの子と同じ。
 一花は恐らく、わたしが速見くんと話すところをどこかのタイミングで見ていたんだろう。
 それが気に(さわ)ったのか反感を買い、じっくりと生殺しにすることにしたんだ。
 そしていま、完全に殺された。

 Otoのアカウントが暴露されたのは、彼女にとっていい機会になったんだろう。
 潮時だった。
 繋いでいた首の皮一枚を、完全に断ち切られた。



 とにかく早く帰りたい。
 みんなの目から逃れたい。
 放課後、その一心でそそくさと昇降口まで向かったのに、辻くんに呼び止められてしまった。

「大丈夫?」

「…………」

 大丈夫なわけがない。
 度胸がなくて確かめられていないけれど、恐らくOtoのフォロワーは増え続けている。
 純粋に好いてくれたり応援してくれたりしているわけじゃなく、大半が高みの見物だ。
 煽るようなコメントも大量に寄せられているだろう。
 嘘つき、可哀想、盛りすぎ、ニセモノ、痛い────。