あくまで冷静に突き返され、わたしの金切り声は空に溶けた。
 言葉に詰まる。

 それはそうかもしれない。
 Otoというキャラを作り上げ、嘘に嘘を重ねてきたのはわたしなんだから。

「でも、黒板に晒したのは僕じゃない」

 友好的とも敵対的とも言えない淡々とした態度ながら、その点はきっぱりと否定してみせた。
 反射的に「うそ」と口をつく。
 もう信じられない。

「卑怯者」

「きみが信じなくても本当なんだって。僕のほかにもいたんじゃないの? 天沢の秘密を知ってるやつが」

 どきりとする。
 ジョーカーの投稿がよぎった。

 ────おまえの裏の顔を暴露する。

 じゃあ当初思いついた通り、本当にジョーカーの、もとい杏の仕業だったのだろうか。
 速見くんは無関係……?
 そうだとしたら、どうしてわたしを捜していたんだろう。
 誤解を解くため? 本当にそれだけ?

 懐疑(かいぎ)と困惑に満ちた眼差しを向けていると、唐突(とうとつ)に彼の無表情が崩れた。
 労りながらも真摯(しんし)な顔つき。優しい声で言葉を紡ぐ。

「大丈夫、俺が何とかするよ。天沢の居場所はなくさせない。俺ならそれができるから」

 え……?
 いっそう戸惑い、眉根を寄せてしまう。
 目の前にいるのは、まさに完璧な人気者の速見くんでしかない。
 嫌味な本性を微塵(みじん)も感じさせない、いままでずっとわたしが憧憬(しょうけい)を抱いていた()()速見くんだ。

「……何のつもり?」

 怪訝(けげん)な気持ちを隠せないまま尋ねると、ふと(またた)いた隙に彼の仮面が剥がれ落ちる。
 シニカルな微笑が浮かんでいた。

「そう言って欲しいのかなと思って。お望み通りにしてあげたんだけど、ちがった?」

 開いた口が塞がらない。
 身勝手な期待をまるきり見透かされていたことを恥じると同時に、この憎たらしい言動に腹が立った。
 その気もないのに、からかっていたわけだ。

「……うざ。速見くんってそんな嫌なやつだったんだね。ずっと騙されてた。いままで何で気づかなかったんだろう」

「褒め言葉として受け取っとくね。悔しかったら、この程度でめげないでよ」

 いつの間にか笑みを消し、そんなふうに言ってのける。
 だからか余計、言葉に重みがあって流れていかない。

「え?」

「“終わり”じゃないから」

 何が言いたいんだろう。
 まさか、励ましているつもり?
 彼が? 何で?
 散々わたしを虚仮(こけ)にしておいて、本当に何を考えているのか。

 きびすを返した後ろ姿を捉え、唇を噛む。
 きつく握っていた両手をほどいた。

「また説教……? 本っ当、優しくていい人だよね。とことん偽善者。もううんざり」

 ぴたりと彼が足を止める。
 振り向かない背中を恨みがましく睨んだ。

 上から目線の小言や正論に何の価値があると言うんだろう。
 結局、自己満足でしかない。
 そうやって押しつけられると否定されている気分になる。
 どうせ、あんたには分からないのに。