彼女がいなければ、そのポジションには亜里沙が収まっていたんだろうなと何となく思う。
 亜里沙本人もそう思っているからか、何かと言うと一花を敵視していた。

「それな。ほかの人のことなんかどうでもいいって感じだよね、いっつも。偉そうに」

「……盛り上がってるのは分かるけど、ちょっとは気を遣ってくれるといいのにね」

 全面的に同意した杏に続く。
 あくまで自制しながらふたりに同調する形を取り、苦笑いを浮かべてみせた。
 これ以上言うと足をすくわれかねない。

「うわー、優しいね。乙葉は」

「え? そんなことないよ」

 謙遜(けんそん)ではなく、実際にそんなことない。まったく。
 こういうときは一方に肩入れしすぎないのが賢明(けんめい)だと知っているだけ。

 ────嫌われないように、そして自分の心を守るために、わたしは何もかもを取り繕っている。
 周囲と友好関係を築き、可もなく不可もない“普通”の自分を演じている。

 楽な方、損しない方を選んできた。
 居場所を守るために。
 しんどくても、ひとりぼっちになるよりマシ。

 教室は閉鎖的で、女子は排他(はいた)的だから、影響力のない人間は人畜無害をアピールしておくのが得策なのだ。
 自分と同じくらいの人間には親近感を覚えるし、何なら少し下であれば警戒せず気を許す。
 賢く生き抜くためには、目立ちすぎず潜みすぎない、それがベスト。
 たとえ退屈でも、可もなく不可もない日々が一番安泰で充実している。



     ◇



「うわ、もうこんな時間じゃん」

 駅前のバーガーショップを出たところで、亜里沙が呟いた。

 つられるようにスマホを見ると、ロック画面に表示されている時刻は20時38分。
 ついでにメッセージの新着通知が溜まっているのも目に入った。
 どれも母親からだ。

 “いつ帰ってくるの?”、“何時だと思ってんの”、“連絡くらいしなさい”……。
 スクロールしながら嫌気がさして、シャットアウトするように電源ボタンを押した。

(……過保護なんだよ)

 ちょっと友だちと駄弁(だべ)って遅くなったくらいで目くじら立てるなんて、理解がなさすぎやしないかとうんざりする。
 無視したりあえて反発したりしてみてもよかったけれど、そうすると自分が損をすることもまたわたしは知っていた。

「どうする? せっかくだし、このあとカラオケでも行く?」

「おお、いいね!」

「あ、ごめん! わたしはそろそろ帰るね。親がうるさくて」

 盛り上がるふたりに両手を合わせてみせる。
 空気が悪くならないよう、苦笑混じりに言った。