「……どういう意味?」
「そのままの意味」
彼は表情を変えない。
こうして見ると、いつもの笑みが途端にうさんくさく思えてきた。
笑ったり怒ったり、そんなふうに顔色を変化させたことが一度もないんじゃないかと思うほどの無表情。
光の乏しい退屈そうな瞳に、ただわたしを映していた。
彼と対峙して、ここまでわたしに余裕が生まれたのは初めてのことだった。
化けの皮が剥がれたお陰。
畏れも尊敬も感心も好感もみるみる凪いでいく。
(……そうだ)
打算的な思考が心の隙間を割って入ってきた。
善人の仮面を被り、人気者を気取っている彼の冷ややかで非情な本性を、いっそみんなにバラしてやれば大人しくなるんだろうか。
偉そうな同情から、秘密を握られていることに対する恐れや焦燥から、逃れられるだろうか。
いや、せっかくわたしも弱みを握ったんだから、脅してやれば上から目線でもいられなくなるか。
とにかく、ようやくこれでフェアになったと言える。
まさかここで杏に続いて速見くんの秘密まで知れるとは。
他人の弱みを握ると、こんなにも余裕が出てくるものなんだ。
わたしは強気に腕を組み、その淡々とした顔を見上げた。
「速見くんがどんな人だって別にどうでもいいけど。あのこと、一花たちにバラしたらわたしもあんたの本性バラすから」
「あのこと?」
「わたしのアカウントのこと」
ただでさえ暗かった双眸がいっそう冷ややかに翳った。
落胆とも呆れとも取れる態度で小さく息をつく。
「言いたいなら言えば?」
熱のない声は普段よりも低く感じられた。
思っていた反応とちがう。
困惑するわたしに構わず、速見くんは冷めた調子で続けた。
「僕は別に失うものなんて何もないし」
主導権を握ったはずが、いつの間にか手からこぼれ落ちていた。
つい呆気に取られているうちに、彼は真横を通り過ぎて昇降口の方へと歩き出す。
「ちょっと……待ってよ」
「あー、心配か。虚飾にまみれたきみの方は」
ざっ、と靴の裏で細かな砂を弾き、悠々と足を止めた。
「大丈夫だって。くだらない駆け引きには興味ないし、他人が隠したいと思ってることをむやみやたらと言いふらす趣味なんか持ってないから。僕はね」
それだけ言うと、振り向くことなく行ってしまう。
呆然と見送りかけ、遅れて苛立ちが湧いてきた。
(何あれ……。嫌味?)
眉根に力が込もる。
なんて食えないやつ。
本性を目の当たりにしてからの方が、よっぽど腹の底が読めなくなった。
ぎゅう、と反感を潰すように両手を握り締める。
「……そんなの信じられるわけないでしょ」


