冷静に突き返したかったのに、言葉尻にかけて金切り声のようになってしまう。
 速見くんは逡巡(しゅんじゅん)するみたいに何度か(またた)いた。

 どうせ、お手本みたいな優等生の返答しか返ってこない。
 上から目線の同情を優しさだと勘違いした、エゴの塊なんだから。

 綺麗な人間は、自分の信念が正しいと信じて疑わない。
 綺麗な人間であることを自負しているからだ。
 だから、その信念に即さない人を許せない。
 自分のものさしで矯正しようと、思いやりの押し売りで相手の自己肯定感を削っていく。
 理解する気なんてないくせに、ただ上から正論を押しつけてくる。
 本当にいい迷惑だ。

 ────彼もそういう人種だと、思っていたのに。

「見てられないんだよね。痛々しくて」

 耳を疑った。
 おおよそ、あの速見くんの言葉だとは思えなかった。

「え……?」

 言葉の割に、そこに憐れみなどはなく冷めた調子だ。
 誤魔化すような苦笑も添えず、ただ淡白に続ける。

「なんていうか、共感性羞恥(しゅうち)みたいな。そこまで必死になることか? ってずっと思ってた。何で自分からきつい状況に飛び込んでくのか理解不能なんだよね。ばかみたいじゃん、そんなの」

 いま、何て……?
 内容そのものより変貌(へんぼう)ぶりへの衝撃が先に訪れ、言葉が出てこなかった。

 この人、本当にあの速見くんなの?
 本当に彼の言葉なの?

 人気者で誰にでも優しくて、裏表のないいい人。
 そんな彼が何かとわたしに絡んでくるのは、同情心から気にかけてくれているのだと思っていた。

 それが、共感性羞恥? 痛々しい?
 ……びっくりした。そんな理由だったなんて。
 じゃあ、本当はずっとばかにされていたんだ。

 は、と思わず息を吐くような乾いた笑いがこぼれる。
 シニカルな失笑に近かった。
 自分がずっと見下されていたという事実と、完璧な彼の人物像が崩れていく様に対する。

「それが速見くんの本性なんだ」

 言ってやらないと気が済まなかった。
 いままで勝手に(おとし)められていたと知っての仕返しに。

 彼は口を結んだまま何も言わなかった。
 否定も肯定もせず、取り繕おうなんて浅はかなあがきも見せない。
 じっとただ窺うようにわたしを見据えている。
 その反応からして、つい口を滑らせたというわけではないんだろうか。

「なに、失望したって言いたいわけ?」

「……そうじゃないけど」

 失望という言葉は何だかしっくり来ない。
 衝撃が強すぎて、いまはまだ感情の整理がつかないから、何と言い表すべきか分からないけれど。

「そっか。速見くんも人間だったんだね、ちゃんと」

 崇高(すうこう)な天使でも完全無欠なアンドロイドでもなかったのだ。
 穏やかな笑顔をたたえながら(はら)一物(いちもつ)を抱える、わたしと同類の人間だった。